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ジョン・シングルトン監督の半自伝的映画『ボーイズ'ン・ザ・フッド』のメッセージとは

6/12(水) 12:00配信

CINEMORE

これこそがアフリカン・アメリカンの現実

 2019年4月に、51歳の若さで急逝した、ジョン・シングルトン監督。彼が23歳のときの長編デビュー作にして代表作でもある、若い感性と洞察に溢れた青春映画の傑作が、『ボーイズ'ン・ザ・フッド』(91)だ。シングルトン監督は本作によって翌年、その若さでアカデミー賞監督賞にノミネートされるという快挙を果たしている。

 『ムーンライト』(16)でアカデミー賞作品賞を受賞したバリー・ジェンキンス監督は、かつてハリウッドのアクション大作映画ばかりを見ていた少年時代に『ボーイズ'ン・ザ・フッド』に出会い、「マジかよ!(“Holy shit!”)これこそ俺の人生だ!これが俺の世界そのものだ!」と衝撃を受けたのだという。『ボーイズ'ン・ザ・フッド』が存在しなければ、『ムーンライト』も存在しなかったのかもしれない。

 バリー・ジェンキンスが、その圧倒的なリアリティに影響を受けたように、本作『ボーイズ'ン・ザ・フッド』は、それまでによく見られた、白人男性の監督が黒人社会にシンパシーを込めて描くような映画とは、まったく次元が異なる、“本物”の世界を映し出していた。スパイク・リー監督の歴史的傑作『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)がそうだったように、アフリカ系アメリカ人が自分たちの生きてきた世界を、実感を込めて描くというジャンルが、彼らを起点に生まれ始めたのである。

犯罪多発地域で生きることの困難

 本作の主要な登場人物は、ロサンゼルスのサウス・セントラル地区に住む3人の青年と、その家族たちだ。サウス・セントラルは、ロサンゼルスの犯罪多発地域であり、大通りを通ると多くの小売店に強盗対策用の鉄格子が取り付けられているのを見ることができる。

 主人公は、学校に馴染めず問題を起こしたことで、母親のもとから追い出され、離れて暮らす父親の家で育った“トレ”(キューバ・グッディング・ジュニア)、その友人でアメフトの優秀な選手である“リッキー”(モリス・チェストナット)、そして、その兄の“ダウボーイ”(アイス・キューブ)である。それぞれの役を演じた3人は、みずみずしい見事な演技と、本作の評判によって、俳優としての輝かしいキャリアを積んでいくこととなる。また、前述したバリー・ジェンキンス監督の『ビール・ストリートの恋人たち』(18)でアカデミー助演女優賞を獲得することになるレジーナ・キングも、本作が映画出演デビュー作である。

 ローレンス・フィッシュバーンが演じる、思慮深く厳格な父親“フューリアス”の影響もあり、学業が優秀な生徒になったトレ、そしてアメフトの活躍によって大学から推薦入学の誘いを受けたリッキーは、貧しい生活のなかで、ともに大学生になるという明るい希望を夢見ていた。だが、一緒に育ったダウボーイは、ストリートギャングの一員に加わってしまう。

 本編を見ると分かるとおり、ダウボーイは心優しい青年である。そんな彼がギャングに入ってしまうというのは、犯罪多発地域における人脈や環境によるものだと考えられる。大学を目指すトレやリッキーにも、様々な誘惑が降りかかる。アルコールやドラッグ、犯罪や抗争への参加を呼びかける友人たち、そして貧困者を対象とした徴兵を呼びかける広告……。黒人としてアメリカに生まれ、貧困のなかに生きる者たちにとって、まともに成長していくということが、どれだけ難しいのかという、“リアル”が描かれていく。

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最終更新:6/12(水) 12:00
CINEMORE

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