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なぜ招待国?1年に2回?あらためて知る「コパ・アメリカ」。その歴史の中には南米らしいカオスも

6/13(木) 12:11配信

GOAL

日本時間15日朝に開幕するコパ・アメリカ2019ブラジル大会。日本が1999年以来20年ぶりに招待国として参加することでも話題になっているが、果たしてこの大会はどういった歴史があり、南米各国にとってどのような価値を持つのか。【文=下薗昌記】

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100年以上の歴史の中での紆余曲折

 世界最古の大陸選手権、コパ・アメリカ。すでに100年以上の歴史を持つ由緒ある大会だが、南米らしい「カオス」もこの大会のもう一つの顔であり続けた。

 「アメリカ大陸カップ」を意味するコパ・アメリカは、1916年の第1回大会当初、「南米選手権」の名称で知られていた。

 南米サッカー連盟が設立された1916年に第1回のアルゼンチン大会が開催。当時はアルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、チリの4カ国のみで争われ、ウルグアイが初代王者に輝いている。

 当時は基本的に、ほぼ毎年のように開催されていたものの、ヨーロッパ選手権のように4年に一度のフォーマットでは行われてこなかった。

 1959年を振り返ると3月から4月にかけて、アルゼンチン大会が開かれたにもかかわらず、同年12月には再び、エクアドルで大会を実施。後にも先にも、1年に2回の南米選手権が開かれたことはこの年以外に例がないが、ブラジルはシーズン2回目のコパ・アメリカには主力どころか、サッカーどころには程遠いペルナンブーコ州選抜を送り込んだほどだった。

 1975年からコパ・アメリカに大会の名称を変更。1975年大会から3大会は、ホーム&アウェイ方式で実施されていたが、1987年のアルゼンチン大会以降は、開催地は1カ国のみ。基本的には4年に一度のサイクルで南米王者を決してきた。

 ワールドカップの中間年に開催されるヨーロッパ選手権が常に、ヨーロッパ最高の権威を誇ってきたのとは対照的に、コパアメリカは必ずしも南米各国が垂涎する大会ではなかったのも事実である。

「ウルグアイやアルゼンチンに比べると、この大会へのブラジルの熱は少し落ちる」と公言するのはブラジル人記者のロドリゴ・ブエノ氏。最多優勝のウルグアイが15回、2位のアルゼンチンが14回カップを掲げてきた一方で、サッカー王国ブラジルはわずかに8度のみ。ペレとジーコはそれぞれ1回しか、この大会のピッチに立っておらず、いずれも優勝には手が届いていないのだ。

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最終更新:6/13(木) 13:06
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