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惜しまれつつ閉店した、関西うどん界レジェンド店の味を継承する弟子とは?

6/13(木) 18:00配信

Lmaga.jp

平成30年9月に閉店した大阪駅前第3ビル地下の「梅田はがくれ」をご存じだろうか。関西讃岐うどんの先駆者であり、筆者を始め、こちらの店から讃岐うどんのおいしさを知った人も多いという伝説の店だ。

【写真】師匠の味を受け継ぐ店主とうどん

「梅田はがくれ」は、平成元年に創業。30年もの間、関西人に讃岐うどんのおいしさを伝え広めてきた伝道師だった。「うどんは刺し身や。混ぜたらアカンで、粘りが出るから。醤油は2往復半で、2本ずつ箸でつまんで食べてみて」と、初心者の客に「生じょうゆうどん」の食べ方をレクチャーするトークも名物だった。うどんは茹で置きせず「一定時間過ぎたうどんは、もったいないけど捨ててきた。ようけ捨てました。富士山ほどですわ」といいながらガハハと豪快に笑っていた。多くのファンに惜しまれながら「体力の限界」を理由に、天谷雅之さんは引退された。

そんな天谷さんのDNAを受け継ぐ店は、大阪に数店舗あるが、いわば伝家の宝刀「生じょうゆうどん」を継承するのは2店舗だけ。「江戸堀 木田」(大阪市西区)と「うどん工房 天空」(大阪市淀川区)だ。

まずは「江戸堀 木田」へ。店主の木田 泰さんは、梅田の家電量販店に勤めていた頃、頻繁に「梅田はがくれ」に通っていたと言う。毎回3玉注文することから「トリプルの兄ちゃん」と認識されていたとも。生じょうゆうどんの旨さに感動した木田さんは、脱サラして天谷さんに弟子入りした。ご実家は何と難波のかやくごはんの名店「大黒」を営む。ゆえにご実家と修業先で学んだかやくごはんもこの店の名物だ。

師匠の教えを守り、香川県産の香り高く旨みが濃い醤油、徳島のスダチを使用。「スダチを絞って、醤油は二往復半」と木田店主。師匠と同じく初心者には店主自らがセットアップしてくれる。あとは「混ぜずに2本ずつ」食べるのみ。ちゅるるとすすれば、むっちりとのど越しのよい「うどんは刺し身や」の言葉通りの食べ心地を実感できる。

師匠の味とともに、名セリフも継承

途中からは自由にアレンジしてよし。5~6本まとめてつるつるっとすすって、かめばプルリと跳ねるような食感を楽しもう。木田さんに、なぜ、こんなレクチャー付きになったかと尋ねると、「うちのうどんは、注文が入ってから寝かせていた生地を切って茹で始めます。時間も掛かるしお待たせすることも多いのですが、やっぱりおいしい状態で食べてもらいたいという一心からですね」と、これまた以前、師匠から聞いた同じセリフだった。

続いては東三国の「うどん工房 天空」へ。店主の稲井政行さんは梅田の鮨店で17年勤めたが「梅田はがくれ」のうどんを食べてそのおいしさに驚き、弟子入りしたという。はがくれの閉店後、開業準備を経て2019年3月に独立開店した、最後の弟子だ。

ここはやっぱり、生じょうゆうどんを食べておかねばと、注文。待つこと10数分、出されたのは。師匠にも兄弟子にも負けない、透明感あるピチピチのうどんだ。食べ方は知っているけれど、最初はスダチと醤油をかけてもらうことに。

技や精神は「梅田はがくれ」を継承しつつも、うどんを打つ小麦粉の配合を変えるなど、両店とも日々進化し続けている。「江戸堀 木田」には「はがくれ」にはなかったひやかけうどんもある。注文を聞いてから揚げる天ぷらやおでんをアテに飲ませてくれるなど、時代に合わせたスタイルも見せる。

幕を下ろした名店の味を守る若き店主たち。じっと待ってでも食べる価値がある関西讃岐うどんの基本の味がここにある。もちろんこれからの進化にも期待しつつ、足繁く通わせていただくとしよう。

取材・写真/曽束政昭

最終更新:6/13(木) 18:40
Lmaga.jp

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