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真に人権救済の砦に 砂川事件国賠訴訟 米国〝介入〟の裁判巡り

6/14(金) 16:52配信

47NEWS

 1957年、東京都砂川町(現・立川市)などにあった米軍立川基地の拡張計画に反対し、デモ隊の学生や労組役員らが基地敷地内に立ち入り、刑事特別法違反の罪に問われた「砂川事件」。大半の人にとっては「名前は聞いたことがある」という程度の認識だろう。だが実は60年以上たった今日も砂川事件に関する裁判が続いている。元被告らが国を相手に起こした国家賠償請求訴訟だ。(共同通信=阿部茂)

 全員に無罪を言い渡した一審判決が最高裁で破棄され、最終的に有罪となったが、元被告らは最高裁が「公平な裁判所」ではなかったため、憲法が保障する「公平な裁判所」による裁判を受ける権利を侵害されたと主張している。6月12日に開かれた第1回口頭弁論では元被告ら原告は「人権も名誉も踏みにじられた」などと訴えて「正義と法に基づく正当な判決」を求めた。

 最高裁判決から間もなく60年。民法で3年間と規定される時効や20年間とされる除斥期間が、元被告らの救済に向けては大きな障壁として立ちはだかる。国側は既に答弁書で時効消滅や除斥期間経過などを理由に訴えの却下・棄却を求めているが、司法当局は、自らへの国民の信頼を維持、回復し、日本が真の意味での「法治国家」だと立証するためにも真正面から訴えと向き合うべきだ。

 ▽破棄された伊達判決

 砂川事件は、55年に決まった米軍立川基地滑走路延長計画に対し、計画予定地だった砂川町の農家らが反対して立ち上がった「砂川闘争」の中で起きた。警官隊と農民らが衝突した流血事件翌年の57年7月8日、農民らを支援し、基地内の測量に反対するデモ隊約300人が柵を倒し、基地敷地内に侵入した。2カ月後の9月下旬、20人超が逮捕され、そのうち明大生だった土屋源太郎さん(84)や労組役員だった坂田茂さん(故人)ら7人が10月、起訴された。

 罪名は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法」2条違反だった。

 東京地裁の伊達秋雄裁判長は59年3月30日の判決で「米軍駐留は憲法違反」と判断。違憲の在日米軍を特別扱いする刑事特別法の条文は無効だとして被告全員を無罪とした。「伊達判決」と呼ばれ、日本の憲法裁判史上も極めて著名な判決だ。

 これに対し地検側は通常なら高裁に控訴するはずだが、高裁を飛び越えて最高裁に直接上訴する「跳躍上告」を選択。これを受けた最高裁の大法廷(裁判長・田中耕太郎長官)はわずか8カ月のスピード審議の末、同年12月、一審・伊達判決を破棄し、審理を東京地裁に差し戻す判決を言い渡した。被告はその後、東京地裁の差し戻し審などを経て64年1月、罰金2千円の有罪が確定した。

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最終更新:6/14(金) 17:02
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