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【ノア】運命の糸 杉浦が三沢さんの命日にGHCタッグ王座奪取

6/14(金) 16:34配信

東スポWeb

 ノア創設者、故三沢光晴さん(享年46)の命日となる13日の大阪大会でGHCタッグ選手権が行われ、挑戦者の杉浦貴(49)、KAZMA SAKAMOTO(36)組が、中嶋勝彦(31)、潮崎豪(37)組を破り第50代王者に輝いた。勝利を飾った杉浦を支えたのは、3日に死去した全日本プロレスの青木篤志さん(享年41)と、没後10年を迎えた三沢さんを結んだ“運命の糸”だった。

 杉浦の底力が光った。潮崎の逆水平チョップ、中嶋の蹴りに耐え、一気に出た。中嶋に顔面へのヒザ蹴りを決めるや、フロントネックロックで絞め落とした。GHCヘビー級王者・清宮海斗(22)に敗れてからわずか4日。不死鳥のように復活した杉浦は、中嶋からの再戦要求を「今度はギブアップか、3カウント取ってやる」と快諾した。

 後輩であり、戦友だった青木さんへの思いが突き動かした。青木さんが自衛隊に入隊した1996年、勤務地は同じ朝霞駐屯地だった。「気が合ってよく飲みに行った。真夜中に酔っ払って青木の部屋に飛び込んでも、あいつは笑うだけでさ。最高の男だった」

 青木さんは当時から子供たちの指導に取り組んでおり「息子も娘も小学校に入る前から『青木先生』と慕っていた。娘なんかパパには何もくれないのに、バレンタインデーには青木にチョコを渡してた」と振り返る。

 その後、青木さんはレスリングを退き、一般の自衛官として青森に勤務。2003年に「プロレスをやりたい」と相談を受けた際は「甘い! 一般勤務がつまらないからプロレスにくるのならやめろ」と一喝した。ただし青木さんの気持ちを試す意味もあり、杉浦が丸藤正道(39)に紹介する形で入門テストを受けることになった。

 最終的に門を開いたのが三沢さんだ。04年秋の入門テストで杉浦が「小さいけど僕の後輩なんです。どうですかね?」と青木さんについて問うや、三沢さんは「あいつしかいないだろ」と即答。実力を見抜いたからこそ三沢さんはデビュー戦(05年12月)の相手を務めたのだろう。

「(清宮に)負けた瞬間からリマッチを考えてる。青木が大好きで仕方なかったプロレス。三沢さんが命をかけてまで続けたプロレス。亡くなった人に言葉は必要ない。俺は俺のプロレスをやり続けるしかない」と決意を新たにした杉浦が、メモリアル大会で得た栄冠を手に再び頂点を目指す。

最終更新:6/15(土) 1:57
東スポWeb

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