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田中美里、死を覚悟した『ゴジラ』の撮影「ああ、私ここで…」

6/15(土) 7:03配信

テレ朝POST

◆ゴジラ映画の撮影で死ぬかと…

『あぐり』で一躍お茶の間の人気者になった田中さんは、テレビだけでなく、映画、舞台と活躍の場を広げていく。映画では1998年、『一本の手』(森谷晁育監督)で映画初出演にして初主演を果たし、『黒い家』(1999年・森田芳光監督)、『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』(2000年・手塚昌明監督)と話題作が続いた。

「次から次という感じで撮影に入っていました。メインとしてやらせていただけて本当に恵まれているんですけど、実力がともなわず、無我夢中でやっていました。知らないことがいっぱいあったんですけど、見た目が大人っぽかったので、すごく長くやっていると思われることが多かったんですね。

『黒い家』で森田監督とご一緒したときに、アテレコをしなければいけなくなったんですけど、そういうのも知らなくて。でも、『できない』って言うことができずにやっていたので、そのときに『えっ?やったことないの?この世界に10何年もいると思っていた』って言われて(笑)。だから、皆さん当然できると思って、『これやって、あれやって』っておっしゃっていたんだってわかりました。

でも、そのときは言えなかったんですよね。『頑張らなきゃ。ちゃんとやらなきゃご迷惑をかけてしまう!』ということでいっぱいいっぱいになって空回ってしまう時期だったので葛藤の日々でしたね」

-いつも凛と背筋を伸ばして、物事に真正面から取り組んでるというイメージがありますが-

「本当に自信がなくて、『そんなに自信がないんだったら、しっかり見られるように黒い服を着て外見から挑んだら?』ってメイクさんがおっしゃってくださったりするくらい、ずっと自信がない状態で過ごしていました。いろんなものを与えていただいているのに、その理想像に追いつこうと頑張っても全然追いつけないみたいな感じの日々だったような気がします」

-2000年には、映画『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』にも主演されました-

「運動音痴で、泳げない、走れない、筋肉ないみたいな感じだったので、『なぜ隊長の役が来たんだろう?』って不思議な感じでした(笑)。ジムに行って筋肉をつけようと頑張ったんですけど、今よりもっと全然細かったですし、結構大変でした」

-ゴジラの背びれにつかまって…というシーンもありましたね-

「そうです。泳げないので立ち泳ぎして、船に囲まれて本当の海で撮影したんですね。『何かあったら、こんなにいるからすぐ助けるからね』って言ってたんですけど、引きの絵だったので、『もっと船どかせ、どかせ』ってなって、『よーい、スタート』ってなったときには船が全然見えなくなっちゃったんですよ。『ああ、私ここで死んじゃうかもしれない』って思いながら『ゴジラめ!』って言った記憶があります(笑)」

-あのときに泳げるようになって今も泳いだりすることはありますか?-

「お仕事だと本当にちゃんとやらせていただける機会があるんですけど、ギューっと凝縮してやるので、嫌いになるぐらいまでやるんですよ。だから、『こんなにやったんだから続けないと』という気持ちがあっても、撮影が終わって解放された途端に、『もうやらなくていいか』みたいになっちゃって(笑)。多分もう泳げないと思うんですけど、立ち泳ぎだけは出来ると思います」

運動は決して得意ではないが、年齢を重ねるに従い、鍛えなければいけないと思うようになったという田中さん。現在は体幹を鍛える全身運動、ストレッチ、カーヴィーダンスをしているそう。若いときより今のほうが疲れにくく、体調も良いという。次回後編では、公開中の映画『二宮金次郎』の撮影裏話、帽子デザイナーとしての顔についても紹介。(津島令子)

ヘアメイク:根津しずえ

※映画『二宮金次郎』
東京都写真美術館ホールにて公開中
全国各地の市民会館・公民館などで順次上映中
600以上の村の復興に命を懸けた二宮金次郎の生き様を描く感動作。
配給:株式会社映画二宮金次郎製作委員会
監督:五十嵐匠 出演:合田雅吏 田中美里 成田浬 榎木孝明(特別出演) 柳沢慎吾 田中泯

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最終更新:6/18(火) 11:56
テレ朝POST

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