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「女子にサッカー不向き」監督も永久追放…48年前に「ライオネス」の礎を築いたイングランド代表

6/15(土) 10:20配信

The Telegraph

【記者:Eleanor Steafel】
 1971年に行われた女子サッカーW杯メキシコ大会のイングランド代表チームは、寄せ集め部隊のようだった。同年夏にメキシコの首都メキシコシティに到着したときには、にぎやかな女子生徒の集団に見えていたかもしれないが、5週間…そう、わずか5週間で、英オックスフォードシャー、ハンプシャー、レスターシャーから集まって来た代表チームは、一躍有名人になった。

 選手たちはメキシコで、9万人の観客を前にして戦った。どこに行ってもファンにもみくちゃにされ、花束を持った若者たちに追い掛けられた。テレビ局からはインタビューのオファーが殺到した。

 現在、2019年の女子サッカーW杯フランス大会が行われているが、今のイングランド代表チームの道を開いたのは、つい最近までほとんどその存在を忘れられていたメキシコ大会に出場した代表チームだ。

 1971年、英国では女子サッカーに対する50年間の禁止措置が終わるところだった。第1次世界大戦中、女子のサッカーチームは、戦地に向かった男性たちの穴埋めを部分的に果たしたが、従軍兵たちが帰国すると、イングランドサッカー協会(FA)は、サッカーは「女性にはまったく不向き」なスポーツだと断言。登録クラブに対し、女子選手をグラウンドでプレーさせたり、女子選手に登録審判を使わせたりすることを禁止した。女子サッカーが復活するのは、1966年の男子W杯イングランド大会でイングランドが優勝してからだ。

 1971年の女子代表チームでレフト・ミッドフィルダーだったクリス・ロックウッドさんは、学校で男子がサッカーをしていると、仲間に入れてほしくて、うずうずしながらピッチの外から見ていたことを覚えている。

 代表チームで一緒だった女子選手のほとんどは、学校で自分にもサッカーをさせてほしいと頼み込んでいた経験があるとロックウッドさんは振り返る。

 そんなロックウッドさんは、チルターン・バレーと呼ばれる少数精鋭の女子チームを結成していたハリー・バット氏に勧誘される。14歳のときだ。当時のロックウッドさんは、学校で別の女子生徒がつくった極小の女子チームでプレーしていた。「すごくうれしかった。私たちは大会で勝ちまくり、日曜日が来るのがうれしくてたまらなかった」と話す。 

「私たちは、公園のグラウンドを借りる資金を調達しなければいけなかった。女子は、きちんとしたサッカー場でプレーすることが許されていなかったから。でも、私たちは気にせず、とにかく行動した」

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最終更新:6/15(土) 10:44
The Telegraph

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