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NHK受信料未払い、戦前から続く「恐るべき強敵」との攻防 85年前の徴収マニュアル

6/16(日) 9:03配信

弁護士ドットコム

NHKのテレビ放送をインターネットに常時同時配信することを可能にする改正放送法が5月に成立しました。NHKは2020年3月に開始する方針です。今後、ネットの世界にさらに踏み込むことになりますが、気になるのが受信料の問題です。

2017年12月には最高裁で、放送を受信できるテレビを設置していれば、受信契約を結ぶ義務があるとする判決が言い渡されましたが、今年4月には、統一地方選で、「NHKから国民を守る党」が20議席以上も獲得するなど、今でも受信料を払うことに不満を抱いている人が一定数いることがうかがえます。

NHKは受信料への不満とどう向き合ってきたのでしょうか。この記事では、戦前からの歴史を振り返ってみます。(ライター・オダサダオ)

●戦前の集金員「おだてあげ」「拝み倒し」「説き伏せる」ことが秘法

戦前も、NHKの前身となる社団法人・日本放送協会の集金員たちは苦労していました。彼らのボヤキが、1934年(昭和9年)に日本放送協会関東支部がまとめたマニュアル「集金の実際と技巧」に掲載されています。

「わからずやや偏屈な人がいて、涙の出るようなくやしい思いをさせられることがある」 「いかなる罵詈雑言にあってもジッと耐えて、心で泣いて顔で笑うの雅量がなくてはならない」

この当時、まだテレビはなく、ラジオしかありません。集金員は、各戸を訪ね歩き、ラジオ聴取料の集金と聴取契約の解約を防ごうとしていました。もう85年前の話ですが、各戸を訪問してまわる姿は、今とそんなに違わないのかもしれません。

この小冊子では、「殊にラジオの集金は、ラジオなるが故に持つ人知れぬ悩みがある」として、「料金の対象が無形の電波であって、物質ではないために、ややもすればその存在価値を軽視される」「必需品とはいえ、未だ電燈・ガス等とは大分距離があり、止しても左程痛痒を感じない」とグチをこぼしています。

特に苦労していたのが、やはり未収金の回収です。「恐るべき強敵」と表現しています。その「強敵」は、「守銭奴か狡猾なる人」、「無闇に尊大ぶり、金が払えないという者」、「性格的にどうしても金を手放すことができない人」、「徴収方法を研究して、計画的に滞納している者」、「文芸家などの下っ端で、有る時勝負で金を使う者」だそうです。さらに、彼らは「仲間を増やす悪質を持つものであるから油断がならない」と警戒しています。

これらの者に対しては、「おだてあげ」「拝み倒し」「説き伏せる」ことが「秘法」とされていますが、それでも払わない場合は、表情と口調を険しくする必要があるそうです。やりとりの具体例も記述されていますが、「ないものは払えない」と言われた場合も「別に今無理にと申したのではないのです。まあそのうち参りますからどうぞよろしく」と何度も何度も訪問して、根負けさせるよう書かれています。

小冊子全体を通じて、何としても徴収するという気概が感じられます。AmazonのKindleで購入できますので、ぜひ興味のある人は読んでみてください。

●なぜ集金員たちはこんな苦労を強いられたのか

では、なぜ集金員はこんな苦労を強いられていたのでしょうか。話は1925年(大正15年)にさかのぼります。東京、大阪、名古屋でラジオ放送が始まると、聴取料と呼ばれる制度が始まりました。

国は、放送局と聴取契約を結んだ聴取者にだけ、ラジオ受信機の設置許可を与えました。国民は受信機を設置した場合、特許料を国に、聴取料を日本放送協会(当時は社団法人、1926年に設立)に納めることになります。

聴取料については、国ではなく、日本放送協会が直接徴収する点に特徴があります。だから、集金員はあんなに苦労をして、各戸をまわっていたのです。イギリスなど他の国では、国が徴収する仕組みになっています。

また、ラジオ放送の主体も、1922年からの試験放送段階では、東京朝日新聞や東京日日新聞(今の毎日新聞)、報知新聞といった民間企業が担っていましたが、結局、公共放送として、日本放送協会が担うことになりました。

ですから、ラジオ受信機を設置したなら、聴取料を協会に払う、というシンプルなものでした。複数の民放が存在する現在とは大きく異なります。

<1925年に日本初の放送電波が発せられた場所(JR浜松町駅近く)に建てられた記念碑(グーグルより)>

●令和のネット時代、「恐るべき強敵」たちは現れるのか

そして、時代は戦後へ。1950年4月にいわゆる電波三法(電波法・放送法・電波監理委員会設置法)が成立し、1953年にテレビ放送がスタート。この年にNHKだけでなく、日本テレビによる本放送も始まっています。この年以降、他の民放各局も次々に開局し、受信料による公共放送と、主に広告収入で運営される民間放送が並存する形となりました。

聴取料から受信料へと、呼び名と仕組みは変わっても、ラジオのころと変わらないこともあります。それは、イギリスなど他国のように、国が徴収するのではなく、日本放送協会が徴収する仕組みだということです。

受信料の位置付けも、税金ではなく、NHKを維持・運営するための「特殊な負担金」ということで、そのあいまいな位置付けの上に成り立っている面があります。

その一方で、放送視聴をめぐる環境は、ラジオ放送が始まった当時と今とでは激変しています。「日本放送協会のラジオ放送を聴くなら、聴取料を払え」といった単一メディアしかない状況ではなく、戦後は民放が存在感を増しました。

さらにはインターネットの登場により、NHKの放送も、たくさん存在するメディアのワンオブゼムになっています。そのような状況下で、NHKがネット進出を本格化させ、「公共放送」から「公共メディア」になろうとしています。

受信料の位置付けは今後、どうなるのでしょうか。昭和初期の集金員たちが向き合った「恐るべき強敵」のような存在が、令和のネット時代でもパワーを増すのかどうかは、今後の議論と説明にかかっているのではないでしょうか。

<参考文献> 日本放送協会関東支部「集金の実際と技巧」、1934年

荘宏『放送制度論のために』日本放送出版協会、1963年

多菊和郎「放送受信料制度の始まり―「特殊の便法」をめぐって」『情報と社会』第19号(2009年3月)

村上聖一「放送法・受信料関連規定の成立過程―占領期の資料分析から」『放送研究と調査』第64巻第5号(2015年5月)

弁護士ドットコムニュース編集部

最終更新:6/16(日) 9:03
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