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ガラクタの中から掘り出された宝石!?カリスマ性を宿したアルファロメオ

6/17(月) 19:27配信

octane.jp

存在は知られていたが、40年以上にわたって人の目に触れていなかったアルファロメオ1900スーパースプリント・ザガートが、ガラクタだらけのガレージの中から救い出された。

ガラクタの中から掘り出された宝石!?カリスマ性を宿したアルファロメオ(写真13点)

「いよいよ車を受け取りにいくときが来ると、私はひとりで出向くことにした。途中で車を眺めたくなったときに、いつでもストップできるようにね」。こう話すイタリアの建築家コラード・ロプレストは、世界中のコンクールで150以上のトロフィーを獲得してきた。それほど高名なコレクターをもメロメロにしてしまったのが、このアルファロメオ1900スーパースプリント・ザガートである。

アルファロメオ1900は、1950~59年に生産された人気モデルで、戦後のアルファの復興を世に知らしめると同時に、タルガフローリオなどの競技の場でも活躍した。そのクーペバージョンが1900スプリント、それをさらにパワーアップしたのが1900スーパースプリントだ。実は、アルファロメオの半年も前に、ザガートは独自のスーパースプリントを完成させていた。これは39台製造されたスーパースプリント・ザガート(SSZ)のうち、最初に販売された1台である。

1900 SSZは、数あるアルファの名車の中でも特に美しいモデルとして広く認められている。1954年9月28日に初めて納車されたときも、オーナーは羨望の的となった。最初の塗色はおそらくグリーンだったと見られているものの、正確なことは分からないとザガートのパオロ・ディ・タラントは話す。「私たちの記録は不完全なのです。グリーンという記載はありますが、書かれたのが1954年なのか、その後の再塗装の際なのか、はっきりしません」

このSSZは同年10月にフィレンツェ-シエナ間の公道レースに出走し、クラス優勝を果たしている。ドライバーは車を気に入ったらしく、翌年のミッレミリアに出るためSSZを買い取ったが、結局は出走せずに売却した。その後はファミリーカーとして使われ、何人かの持ち主を経たのちに、1969年9月に前オーナーが購入。ローマに運ぶと、エンジンのリビルドを行い、バンパーを交換した。しかし、その後40年以上にわたって仕舞い込んだままで、何人ものエンスージアストが購入を希望したが、頑として売ろうとしなかった。私は共通の友人を通して前オーナーに会ったことがあるので、SSZがふさわしいオーナーの元に引き取られるなら了承したのではないかと思う。ヒストリック・アルファにとって、コラード・ロプレストのコレクション以上にふさわしい家はない。

コラードが初めてSSZを見にいく際には私も同行した。ローマへの道中、私たちは期待に胸をふくらませていた。ところが、いよいよガレージの扉を開けてみると、山積みのガラクタ以外に何も見えない。何十年もの間にたまった箱やら不要品やらをどかしていくと、突然それは現れた。比類なき美しさを閉じ込めた、埃まみれのタイムカプセル。私たちはたちまち心を奪われた。

ガレージは暗く乾燥していたため、長年放置されていた影響は比較的小さかった。「シニョーレ・ロプレストから最初に車を見せていただいたときは本当に驚きました。これほど保存状態のよいSSZを目にすることは滅多にありません」と、ザガートのディ・タラントも喜んでいる。また、この車によって明らかになった新事実もいくつかあるという。「今後のレストアの重要な見本になるのではないかと思います。少し手を入れれば、ほかを評価する際の基準にもなるでしょう」

しかし、コラードはSSZをピカピカに飾り立てるつもりはないと話す。「家に着いたときには、この車はレストアしないと決意していた。オイルと水とバッテリーを交換し、キャブレターに新しい燃料を少し入れたら、エンジンはすぐに始動したよ。これからタンクを清掃し、燃料が漏れるパイプを交換して、ブレーキを整備する。だが、それだけだ。私たちの知る限り、世界で最もオリジナルの1900スーパースプリント・ザガートだからね。そのまま保存し、展示するべきだ」

SSZが最初に一般公開されたのはオランダの博物館だった。アルファロメオが誇る名車の数々と共に展示されたが、その場を最も輝かせたのは、埃だらけのSSZだったのではないかと私は思う。外面を磨き上げただけでは身に付けられないカリスマ性を宿しているからだ。

Octane Japan 編集部

最終更新:6/17(月) 19:27
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