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【その壁を超えてゆけ】もがく宇野昌磨、「弱さ」から抜け出すための決断

6/17(月) 17:00配信

日刊スポーツ

フィギュアスケート男子の宇野昌磨(21=トヨタ自動車)が自身の公式サイトで重大発表をしたのは、6月3日のことだった。
「この度、私、宇野昌磨は長年お世話になっていたグランプリ東海を卒業いたしました。まだ今後のことは具体的に決まっておりませんが、まずは直ぐに始まる海外合宿に打ち込み、一歩一歩進んで行きたいと思います」(原文まま)
その意思表示は、5歳の時に名古屋のグランプリ東海クラブでスケートを始めてから指導を受けてきた山田満知子、樋口美穂子両コーチからの「巣立ち」を意味した。振付師でもある樋口コーチには、試合用プログラムを全て託してきた。後日、それも「環境を変えるに伴い」と海外の振付師に依頼することを発表した。

【写真】宇野と樋口美穂子コーチ

転機は世界選手権4位

転機の1つとして考えられるのが19年3月、さいたま市で行われた世界選手権だった。前年まで2年連続2位。大会前には「調整は順調」と手応えを持っていたが、ショートプログラム(SP)では冒頭の4回転フリップで転倒し6位。フリーもミスが目立って総合4位となり、16年世界選手権以来、3年ぶりに表彰台を逃した。その間の3年、全ての試合で表彰台に乗り続けたことにも十分な価値があるはずだが、宇野の感情は違った。
「自分の弱さに失望した。『自分は本当に弱い』と気付かされた」
「弱い」という言葉を何度も繰り返した取材エリア。演技直後で釈然としない感情を整理していたのか、唇をかみしめ、一言一言に間をおきながら、率直な思いを紡いでいった。その場のモニターには最終的に優勝するネーサン・チェン(米国)、2位となる羽生結弦(ANA)の演技も流れていたが、そちらに目をやることもなかった。
初優勝を果たした1カ月前の4大陸選手権後には「もっともっと練習した上で、世界選手権では『優勝』を目指したい」と誓った。五輪前でさえ「金メダル」と言わなかった男が示した覚悟の分、その反動は大きかったとも思える。この点は想像の域だが、世界選手権で本当に優勝できていれば、「卒業」という決断はなかったのかもしれない。

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最終更新:6/17(月) 17:54
日刊スポーツ

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