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「ありがとう」沖縄・牧志公設市場 現市場で最後の1日を写真で振り返る

6/17(月) 6:04配信

琉球新報

 市場は最後まで元気だった。第一牧志公設市場が現施設での営業を終えた16日、事業者や常連客、住民らは時に涙を見せつつも前を向いた。それぞれの人生に刻み込まれた市場の思い出をかみしつつ「7月1日に仮設市場でまた会いましょう」と再会を誓った。

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 最後の日は静かに始まった。午前7時前、市場で最も早く準備をする上原果物店の上原信吉さん(86)はいつも通りに商品を並べていた。通り掛かった台湾からの観光客に台湾語で「リンゴは三つで500円」と語り掛ける。「台湾に行ったこともないけど(接客で)自然と覚えた」と笑う。「県民の台所」として親しまれた市場は1990年代から県内随一の観光地になった。

 他の店も開き始め、次第に活気づく。漬物屋を営む83歳の女性は商品を飾るハイビスカスの絵を描いていた。55年に故郷の本部町から那覇へ。当初は路上で黒糖あめやアイスケーキを売った。「母乳が出なくて赤ん坊にアイスケーキをなめさせたこともあったよ」。20代後半で公設市場に漬物店を構えた。60~70年代の移転問題や火事を乗り越えて商いを続けてきた。「先輩たちから根性をもらった。今日は先輩たちに祈りたい」。仮設市場でも孫と共に働く予定だ。「新市場がどうなるか見届けてから引退したい」

 午後2時半から市場2階で「閉館ラストライブ」がスタート。市場のお年寄りから元気をもらっているというBEGINの島袋優さんは「本当の宝物はおじい、おばあです!」と「島人の宝」を熱唱した。

 建て替えを機に店をたたむのは土産品店「大浜民芸」を営む大浜純子さん(76)。もぬけの殻になった店内を見回して「何だかさみしくなっちゃいますね」と言葉少なにつぶやいた。「これからはゆっくりしたい。若い人たちに新しい市場をつくっていってもらえたらいい」

 営業終了後には市場前で移転式典が催され、地元客や住民らが十字路を埋め尽くした。「ありがとうございました」。城間幹子市長と事業者たちが長年の愛顧に感謝し、深々と礼をした。

 入り口のシャッターが閉まると、人々も「ありがとう」と声を上げ、指笛を鳴らした。

 最後は沖縄国際大のエイサーサークル「琉球風車」の演奏に乗せてカチャーシー。まちぐゎーのシンボルであるアーケードに向けて高々と旗頭を突き上げた。式典後、事業者たちは市場の建物に深々とお辞儀をした。
 
 20年以上、市場に通っている阿部由紀子さん(那覇市)は「市場には食品や笑顔という最高の命薬がある。時代と共に商品が変わっても、肝心は変わらないで」と期待を寄せた。

最終更新:6/17(月) 6:04
琉球新報

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