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東京の「お盆」は、なぜ1か月早いのか? その背後にあった「生活の知恵」とは

6/17(月) 17:31配信

アーバン ライフ メトロ

明治時代に日本の「暦」が変わった

 夏の風物詩・お盆は、先祖の霊を迎えて供養する行事で、東京都内でも毎年、さまざまな関連イベントが行われています。

お盆の時に使われる盆提灯

 お盆は全国的に8月15日を中心に行われていますが、東京や関東圏の一部では7月15日を中心に行われています。なぜ1か月早く行われているのでしょうか。そのヒミツに迫りました。

「それは、明治政府が改暦を行ったからです」

 千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館研究部の山田慎也さんと、名古屋市の同朋大学文学部の蒲池勢至(がまいけせいし)さんは口を揃えていいます。改暦とは暦の作り方を改めることで、日本では1872(明治5)年12月3日に実施されました。

 明治政府がこれまで使用してきた太陰太陽暦(月と太陽の動きを元に作られた暦)を廃止して、太陽暦(太陽の動きを元に作られた暦)を採用したのは、国家の近代化にともない、太陽暦を使用する西洋諸国との関係を優先したからだと言われています。

 改暦によって、1872年12月3日(太陰太陽暦)は、1873(明治6)年1月1日(太陽暦)へ変更され、ふたつの暦には約1か月のブランクが生まれることになりました。現在、太陰太陽暦は「旧暦」、太陽暦は「新暦」という名称で人びとに知られています。

東京だから「1か月早くできた」

 暦の日がいきなり1か月もずれたのは大変なことです。こんな急な変化に、当時の日本人は対応できたのでしょうか。

「明治政府のあった東京は、改暦に対して比較的柔軟に対応できました。今も昔も、一般企業や官公庁に勤める人が多いからです。お盆であれば、これまで7月15日(旧暦)に行っていたものを、7月15日(新暦)に移すことができたのです。その一方、地方では農業がとても盛んだったため、柔軟に対応できませんでした。言うまでもなく、農業はその土地の『季節』と密接に関係しているため、いきなり『改暦しました』と言われても、これまでの収穫サイクルなどを急に簡単に変えられるわけがありません」(蒲池さん)

 東京のお盆が地方と比べて1か月早いのは、こういった背景があったのでした。

 しかし気になるのは、東京でなぜ7月15日(新暦)、地方で8月15日(新暦)のお盆が「定着」したのかということです。大きな変化が起きても、それがひとつの習慣として「定着」しなければ、今でも残っているわけがありません。

 その理由ついてはふたつの説があるといいます。

(1)東京と地方のお盆がずれたことで、双方に住む親戚縁者が顔を合わせやすくなったため
(2)地方にとって7月15日(新暦)は、農作業がもっとも忙しい時期であり、お盆とこの時期が重なることを避けたため

 山田さんはこれらの説について、(1)は「あくまでも可能性のひとつにすぎない」が、(2)は「一般的な認識」として支持しているといいます。

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最終更新:8/3(土) 11:11
アーバン ライフ メトロ

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