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武道館を埋めた作家がいた 戦争責任には沈黙 「差別」横行する時代に再評価を

6/19(水) 13:02配信

47NEWS

 日本武道館は格闘技や芸能人のライブの会場として有名だが、ここを満杯にした作家がいる。大河小説『橋のない川』で知られる反骨の人、住井すゑ。27年前のきょう(1992年6月19日)、8500人の聴衆を前に「九十歳の人間宣言」と題して熱弁をふるった。

 『橋のない川』第7部刊行の記念講演で、講演録はそのままブックレットになった。当時、住井は講演や対談に引っ張りだこで、「住井すゑ現象」といっていいようなブームの渦中にあった。亡くなったのはそれから5年後、97年6月16日だった。

 武道館講演から時を経て、彼女が繰り返しその非道さを語り、解消を呼びかけた差別はなくならず、かえって他国や他民族、異なる考えを持つ人への排除の言葉が、街頭に、書店に、ネットにあふれる。あのブームは何だったのだろうか。

 ▽主人公は人間解放求める少年

 『橋のない川』は、30年以上の歳月をかけて書き継がれ、計600万部のロングセラーになった。明治末期から関東大震災後までの時代を背景に、大和盆地の被差別部落に生まれた少年が人間解放にめざめ、平等を求める水平社運動に参加していく物語だ。

 住井の生家は奈良県田原本町で農業兼織物製造業を営み、近くに被差別部落があった。それが大作の原点となる。12歳頃から少女雑誌や文芸雑誌に投稿し、17歳で上京して講談社の記者に。2年後には農村を舞台にした自伝的小説『相剋(そうこく)』を出版した。

 農民文学作家で活動家の犬田卯(しげる)と結婚し、4人の子育てをしながら童話や小説を書き、稼ぎのない夫に代わって生計を担う。30年には『大地にひらく』が読売新聞の懸賞小説第2席に入選。女性アナキストたちが創刊した『婦人戦線』にも毎号小説や評論を発表している。

 35年に夫の郷里である茨城県牛久に退いてからも書きまくる。戦時下、農民文学は脚光を浴び、敗戦までの間に『農婦譚』、『土の女たち』、『大地の倫理』のほか、少国民ものも多作。戦後は主に児童文学分野で執筆を続けた。

 57年、長く病んでいた夫が亡くなり、看病生活から解放された。夫の遺骨の一部を東京・青山墓地の「解放運動無名戦士の墓」に納めたその足で部落解放同盟を訪ね、今日から運動に参加させてほしいと申し出た。そして、長年あたためてきた作品にとりかかる。55歳だった。

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最終更新:6/19(水) 13:04
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