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田中美里、自信がないからこそ前向きに!彼女が信じて芝居を続けた“ある監督の言葉”

6/19(水) 7:02配信

テレ朝POST

連続テレビ小説『あぐり』のヒロイン役で一躍注目の的となり、ドラマ、CM、映画、舞台と引っ張りだこで超多忙な毎日を送ることになった田中美里さん。

2003年には日本でも大ブームになった韓国ドラマ『冬のソナタ』のヒロインの吹き替えを担当。チェ・ジウさん本人からも絶賛され、冬ソナ以外の作品でも田中さんが声を担当していることでも知られている。

◆自信のなさが私の強み

凛とした佇まいに力強いまなざしが印象的で、どんな役柄でも難なくこなすイメージだが、実はずっと自信がなく、理想と現実のギャップに悩んでいたという。

「私は2月生まれなんですけど、同じクラスでも2月と4月生まれでは1年ぐらい違うじゃないですか。そのせいだけにはできないんですけど、かけっこも幼稚園のときから遅かったし、『私は不器用で何をしても人より時間がかかるんだ』っていう自信のなさがずっと小さい頃からあって。

お芝居をやるときも、やっぱりちょっと考えすぎてしまったり、周りはできるのに、私はどうしてすぐにできないんだろうっていう葛藤があって、どんどん自分らしさが失われていった時期があったんです」

-それが変わったきっかけは?-

「そんなとき、『一絃の琴』(2000年・NHK)というドラマをやらせていただいた23歳のときにちょっと体を壊してしまったんですけど、そのドラマの大森青児監督が女優としての私をとても大切にして下さっていて、『ずっと女優を続けて欲しいから、今抜けきらなくていいよ。でも、ちゃんと乗りこえたときに振り返ったら、どんなに大きくて分厚い壁でも絶対に障子紙一枚のような薄さだよ。こんなことで悩んでいたのかって思うときがくるから』っておっしゃってくださったので、その言葉を信じてお芝居を続けてきたという感じです。

今では自信がないからこそ人より時間をかけてでも色んなことに挑戦しようと前向きに考えられるようになりました」

2001年、田中さんは転機となる映画『みすゞ』(五十嵐匠監督)に主演する。自身が人との出会いやつながりには本当に恵まれていると話すだけあって、五十嵐監督との出会いも驚くべきものだった。

「『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』を撮影しているときに、五十嵐監督の『地雷を踏んだらサヨウナラ』という映画を見て、当時のマネジャーさんに、『私この監督とやりたいので、もし小さい役でもいいのでオーディションがあったら受けたいです』って言っていたんですね。

そうしたらその一週間後に、五十嵐監督から手紙が届いたんです。私が監督とお仕事がしたいと言っていることは知らなかったのに、金子みすゞさんの『私と小鳥と鈴と』という詩と、『みすゞをやりませんか。一緒にやりませんか』というお手紙が入っていました」

-田中さんが一緒に仕事をしたいと思っていたことを伝える前にですか?-

「そうなんです。だからもうビックリしちゃって…。ご縁だなあって。20代の頃は、お芝居はこうじゃなきゃいけないんだみたいな若さゆえの変なこだわりがあって…。そんな私の視野を広げてくれた監督でもあります」

-具体的にはどんな感じだったんですか-

「人物そのものにならないと撮ってくれないんですけど、それは決して憑依(ひょうい)するということではなくて、みすゞさんというのは、いろんな視点から物事を見られる方なんですね。

みすゞさんの気持ちになって、田中美里にはない動きになっていくとき、監督が『今、みすゞになってきたね』って言ってくださって。

でも、それができるようになったのは、どうやって演じればいいかわからないときに、監督が、『みすゞ、いなくなりたかったらいなくなっていいんだぞ』っておっしゃったんですよ。普通は画面からいなくなったらだめじゃないですか。どのくらいまで映っているのかを計算をして演じていたのに、『えっ?画面からいなくなってもいいの?』ってビックリして。

そんな演出をされたことがなかったので、そこまで自由にできるのであれば、自分で色々制限しないでもっと自由にお芝居をしようと思うきっかけになりました」

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最終更新:6/19(水) 7:02
テレ朝POST

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