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太宰治ゆかりの地に文学碑 船橋・玉川旅館 生誕110年記念で建立 新“巡礼スポット”へ期待

6/19(水) 14:43配信

千葉日報オンライン

 かつて船橋町に住んで執筆活動していた太宰治の足跡を船橋市民らに再認識してもらおうと、市民団体「船橋太宰会」(海老原義憲会長)は、ゆかりの地「割烹旅館玉川」(小川了社長、同市湊町2)に文学碑を建立した。6月19日で生誕110年となる太宰節目の年を記念し玉川旅館と連携して、船橋時代に書いた作品の書き出し部分を石碑に刻んだ。同会は併せて生誕祭も開いて、在りし日の文豪をしのんだ。

 太宰は1935(昭和10)年7月~36年10月の約1年4カ月間、船橋町五日市本宿(現在の船橋市宮本1)に住み、執筆活動していた。

 この間、青森県の太宰の生家「斜陽館」に似た外観の玉川旅館が気に入り、現在も残る「桔梗の間」に泊まった。当時生活する金にも困っていた太宰は宿賃が払えず、20日目に引き払ってもらったというエピソードも残っている。

 同会は、船橋での太宰の足跡を市民らに改めて紹介しようと、船橋時代の作品「ダス・ゲマイネ」の書き出し部分『当時、私には一日一日が晩年であった。』の一文を抜き出して刻み、文学碑を完成させた。

 文学碑の形状は、太宰の代表作「斜陽」「人間失格」などのイメージを取り入れ、大小2基の御影石を斜めに設置して「人」の文字を形成。高さ、幅とも約1メートルにまとめた。

 海老原会長は「太宰が寝泊まりし、現存する玉川旅館の桔梗の間は貴重な空間。太宰ゆかりの地、船橋をより多くの人に知ってもらう機会にしたい」と述べ、小川社長は「生誕110年を記念し、文学碑という形に残せたのは良かった」と太宰の新たな“巡礼スポット”への期待を述べた。

 船橋市内の太宰ゆかりスポットは、「借家住まい跡地(同市宮本1)」「太宰の植えた夾竹桃(市民文化ホール前)」「『晩年』の口絵写真の背景と言われる御蔵稲荷」などがある。

 また、同会は毎年6月19日に行っている生誕祭も前倒して開催。「桜桃忌」としてサクランボを供える地域もあることから、同会の生誕祭でもサクランボを供え、文豪の在りし日をしのんだ。

最終更新:6/19(水) 14:43
千葉日報オンライン

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