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今、ふたたび「おでん」が注目される理由

6/20(木) 6:32配信

食べログマガジン

〈僕はこんな店で食べてきた〉地味飯が今、ふたたび脚光を浴びるワケ

前回の連載で、東京のうなぎの復権について記したが、ここ数年、うなぎにとどまらず焼鳥や天ぷらなどこれまで革新性をあまり論じられてこなかった地味な食分野に光があたるようになってきた。

理由のひとつは、メディアが派手なジャンルをさんざん掘り尽くして順番が回ってきたということもあるだろう。「なんだ、そんなことか」といわれればそれまでだが、メディアなんてそんなものだとも思う。

だがそれと同時に、調理技術、料理科学の発達によって、従来は「狭い」と思われていた料理ジャンルでも、もっと幅広い工夫が出来ることがわかってきたということも大きいと思う。

そうしたジャンルのひとつに「おでん」もある。そしておでんには、個人的になつかしい思い出がある。

「おでん」には誰しもストーリーがある

私が育った文京区本郷には「呑喜」という昔からのおでん屋があった。創業明治20年、東京大学の前に店を構え、おでんダネの大根やフクロはこの店がオリジナルといわれている。

大きな丸い鍋の中に濃い目の甘みの効いた関東風の汁が仕込まれ、焼き豆腐やはんぺんなど20種類ほどの季節のおでんが浮かんでいる。

子供の頃は、親にいわれてお金と鍋を持って買いに行ったことを覚えている。かつては冠婚葬祭のときに出張おでんもやっていたと当時、祖母から聞いた。

酒が飲める年代になったら、ビールはそこそこにして、ぬる燗につけたキンシ正宗で季節物と定番のおでんをいくつかつまみ、茶めしで締め、1時間足らずで席を離れた。お勘定は驚くほどリーズナブルだった。

だが、呑喜は店主の急逝で2015年の年末に突然閉店してしまった。私はほんの数週間前に訪れ、店主の元気な姿を拝見していただけに、その報を聞いて驚いた。かつて南極越冬隊隊長が大ファンで、南極基地におでんを持ち込んだという伝説があるほどの東京山の手の老舗がまたひとつ消えたわけだ。

が、そのいっぽうで新しいおでん屋も続々と誕生している。

繊細なだしを味わう「煮ばなおでん」

荒木町にある「福の川いしだ」は長年、築地の昆布問屋に勤めた主人だけに、だしにこだわったおでんとおばんざいを供する。

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最終更新:6/20(木) 6:32
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