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明日NBAドラフト。日本人初の1巡目指名有力の八村塁が直前心境を語る「なんか不思議な感じ」

6/20(木) 6:00配信

THE PAGE

「こんにちは」
 ニットのボーダーポロ姿の八村塁。第1ボタンまできっちり止めて会見場に姿を見せると、集まったおよそ60人の日本メディアへの第一声がそれだった。

 NBAドラフトを明日に控え、ニューヨークではこの日、グランドセントラル駅横のホテルで1巡目指名が有力視される20選手が会見を行っている。そこに招待された八村は日本メディア、米メディアの順で取材を受けたが、心境を聞かれると、やや戸惑い気味に話した。

「やっと、ではないですけど、なんか不思議な感じ」

 実感がないというより、視線は、はるか先にある。

「ただの会議なので。ただ(名前を)呼ばれて、(コミッショナーと)握手するという。NBAに入ってからが本当だと思うので、(ドラフトは)ただのイベント」

 大物である。

 一方で、「考えられない」という思いもあるという。
「中学校で(バスケ部に)入って、本当に何も出来ない、バスケしたことのないような子に、『お前はNBAに行くんだ』ってコーチが言ってくれた。しかもジョークではなく、本気だった。僕も最初は、NBAがなんだか分かってなかったですし、でもそういうふうに言ってくれたから、僕も信じた。それが今、こうして現実になろうとしているのは考えられない」

 明日、八村がドラフトで指名されれば、日本人では1981年のドラフトで岡山恭崇さんが、全体の171番目に指名されて以来2人目。1巡目で指名されればもちろん、日本人では初である。

 ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。

 明成高校時代は、ウィンターカップ3連覇、インターハイ優勝など華々しい実績を残し、米バスケットボール界の名門ゴンザガ大への留学は、NBAへのステップと考え決断したが、毎日のように心が折れた。逃げようにも、「逃げ場がなかった」。

 1年目はほとんど試合の出場機会がなく、それは、当初の予定通りで、1年目は育成に主眼が置かれたが、英語で授業を受けながら、アメリカでも難度の高いシステムを誇るゴンザガ大のバスケットを理解することは、容易ではなかったのだ。

「僕、勉強が好きじゃなかった。授業を理解するには、英語を理解しなければいけないのに、その英語が分からなかった」

 バスケットでも、「このチームのシステムは複雑」という言葉を何度口にしたことか。

 そんな当時のことを今年1月、八村はこう振り返っている。
「もし、ああなるって分かっていたら、僕は(米国留学を)しなかったなって思います(笑)。すごいきつかったんで。あの1年目は」

 ただ、あの苦しさを乗り越えたからこそ、今がある。
「ここまで来たら、人生を懸けてのこと。そう考えるようになってきた」
 ただ、そうして腹が据わり、2年生になって頭角を現し始めると今度は、NBAとの差を痛感するようにもなった。

 チームメイトや対戦相手の中にはNBAにドラフトされるような選手がいたが、彼らに共通することがあるかと聞くと、「闘争心」と八村は答えた。

「カルチャーショックさえ覚えました」

 ただそれは、一朝一夕には身につくはずもなく、八村も「それを変えようと思っても、小さい頃からの考え方なので難しい」と話すほど。NBAに触れたと思った瞬間、そのハードルの高さを知った。

 しかし、2年のときは、意識してそのハードルを乗り越えようと試みた。試行錯誤しながらあの1年で得た手応えが、決意に繋がった。

「誰にも言ってなかったけど、(3年の)シーズンが始まる前、これが最後の年って分かっていた。NBAの準備をしてやってきて、ちゃんと準備できてると思って決意しました」

 そして最後の年と意識して臨んだ昨季は、 チームを背負ってNCAAの頂点を目指すーーというハードルを自分に課した。その目標はNCAAトーナメントの「ファイナル4」を目前にして絶たれたが、確信を得た。

「レベルの高い舞台で主力になることは、いろんなことも言われるし、プレッシャーになる。そういう中で、自分としてはそんなに悪くない結果を残し、チームとしてもいい結果で終われたので、自信になった」

 もはや、アーリーエントリーに迷いはなかった。

 さて、では八村はどのチームに指名されるのか。

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最終更新:6/20(木) 14:32
THE PAGE

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