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NBAドラフト八村塁 富山で待ち望む人たち/富山

6/20(木) 21:11配信

チューリップテレビ

 バスケットボールのNBAのドラフトで1巡目指名が確実視されている富山市出身の八村塁選手。
 ふるさと富山で八村選手を見守ってきた人たちの期待も高まっています。

 アメリカの大学バスケの強豪ゴンザガ大学の3年生富山市出身の八村塁選手。
 バスケの本場でも類いまれなる身体能力の高さで注目を集め日本バスケ界初のドラフトでのNBA入り、それも30位までの1巡目指名が確実視されています。
 現地記者が予想する八村選手の順位は…。
 「彼は1位指名されてもおかしくないくらいうまい。だけど6位にしておく。安全な予想だが確実だ」「彼は早い段階で指名されるだろう10位以下にはならないと思う」「彼を超える選手はほぼいないあから3位に選んだわ」(現地記者)

 アメリカの順位予想サイトでも…。
 現時点で11位にランクイン。
 歴史的な一瞬が明日に迫っています。
 ベナン人の父と日本人の母の間に生まれた八村選手。
 奥田中学校でバスケをはじめ、県外の高校に進学。
 高校日本一を決めるウインターカップで三連覇を成し遂げ、当時、高校生でただひとり日本代表候補にも選ばれました。
 その後、海を渡りNBAへの登竜門といわれる全米大学体育協会の強豪・ゴンザガ大学に進学。
 桁外れの身体能力を武器に全米を魅了。
 日本人初のドラフトでのNBA入りが期待されるまでに成長し3月、ドラフトを前に八村選手が語っていたのは富山への思いでした。
 「あそこから全てが始まっているのでバスケやっていないときでもいろんな友達とかもいろんな絡みもあったので、富山は僕も恋しいのでいつか帰りたい」(八村選手)

 その原点となる富山では21日のドラフトを前に期待が高まっています。
 八村選手が富山で最初に始めたスポーツはバスケではなく、野球でした。
 当時、監督として八村少年を指導していた高嶋信義さんは…。

 「スピードと重い球を怖さを持った球を投げる子だった。願いはピッチャーで打って守れるそういうので十分いけんるじゃないかなっていうのは…」(高嶋信義監督)
 チームメイトが捕れないほどの剛速球だったためポジションはキャッチャー。
 当時からずばぬけた身体能力でプロ野球選手になれると考えていました。
 「メジャーリーグでしょう。まずあの頃は富山からプロだって夢を持っていましたよ彼には。それも抜けたプロ。プロに行ったらすごい選手になるんじゃないかなと」(高嶋信義監督)
 ベースボールではなくバスケでの最高峰への挑戦については…その後の奥田中学ではバスケットボールに転向。
 バスケに誘ったのが中学1年生のときのクラスメイト・岡山さんです。
 「小学校野球やってたんで、そっちのほういくんかなと思ってだめもとでバスケ誘ったんですけど、練習きてみて、とりあえず練習1回見学してみてみたいな感じでしつこく行きましたね」(岡山さん)
 岡山さんのしつこい誘いが八村選手の運命を変えました。

 「中1のときは全然。技術もなくて。はじめたときは素人みたいな感じだった」(岡山さん)

 しかし、その素質をいち早く見抜きNBAの夢を授けたのが奥田中学バスケットボール部の外部コーチ坂本さんです。
 27年間のコーチ人生のなかでも八村との出会いは特別でした。

 「まずボールをつかめて、野球のボールようにバスケットボールをつかめる選手なんて見たことない。あった瞬間にNBAといった」(坂本コーチ)

 見せてくれたのは中学2年生のときの貴重な八村選手の映像です。
 「あ!すげぇ下手だわやっぱり」(坂本コーチ)
 試合中は立っているだけ。
 今では得意のリバウンドもこのありさまです…。
 経験が少ない分、誰よりも早く練習にきてシュートを繰り返すなど人一倍、練習には熱心だっといいます。

 「バスケットはそんなでもなかったけどバスケットに取り組むことそれは全然人と違っていた」「日本のプロではない。NBAって言うから心の中では本気なんですよ」(坂本コーチ)

 夢をかなえるため地道な努力を重ねた八村選手。
 中学3年生のときに全国大会準優勝に導きました。
 ここから一気に夢へのスターダムを駆け上がった八村選手。
 中学まで育った富山でも期待は高まっています。

 「本当に行ってほしいですね。コートにたっているのを観たいですね」(岡山さん)
 「育てるチームとそうでないチームがあるみたいなので、できれば育ててもらえるようなところがいい」(坂本コーチ)

 注目のドラフトは日本時間の21日午前8時からです。

チューリップテレビ

最終更新:6/20(木) 21:11
チューリップテレビ

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