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無法松が守った「節操」 岩下俊作「富島松五郎傳」【あの名作その時代シリーズ】

6/21(金) 12:06配信 有料

西日本新聞

夕日を浴びながら、人を運ぶ。車夫の松五郎も小倉の街を駆けた

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年9月17日付のものです。

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 夕暮れどきを歩いた。北九州市小倉北区のJR小倉駅から、繁華街を貫く平和通りを南へ約七百メートル。通りに沿って走る北九州モノレールの旦過駅近く、左手にある商工貿易会館の裏に回った。ビルの谷間を、ひんやりとした風がすり抜ける。ここだ。

 「富島松五郎傳」の主人公、車夫の松五郎が暮らしていた古船場町の一角。地元有志が建立した「無法松之碑」がある。辺りの様子は、原作にこう記されている。

 〈古船場三丁目-独身者の松五郎が住んでゐた町で、この町は小倉の無頼の徒の巣であつた。俥夫(しゃふ)、羅宇(らお)の仕替、香具師(やし)、土方等の自由労働者達が大勢住んでゐた〉

 時代は、明治末期から大正である。

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 松五郎は、荒くれ者でけんかっ早い。賭博現行犯で小倉を追放されたこともある。若いころ、剣術の先生とけんかをして、みけんが裂ける大けがを負う。以来、あだ名は「無法松」。そんな武骨な男が、軍人の夫を亡くした美しい女性とその息子に生涯、純愛を貫く物語だ。当時の社会には階級意識が横たわる。松五郎は恋慕の情を心の奥底に押し込めたまま、二人に貯金を残し、四十八歳で孤独に亡くなる。

 岩下が小説「富島松五郎傳」の執筆を始めたのは、一九三八年。盟友の火野葦平が同年、小説「糞尿譚」で芥川賞を受賞したことに刺激を受けた。作品は三九年、雑誌「改造」の懸賞小説で選外佳作に。これを同人誌「九州文学」に掲載し、直木賞候補に二度挙がった。

 四二年、文学座が舞台化した。四三年には、映画「無法松の一生」の名で公開され人気を博した。脚本は伊丹万作、監督は稲垣浩、主演は阪東妻三郎、園井恵子。戦時中の検閲で一部、映像が削除された。女性への松五郎の思慕がにじむ場面だ。

 戦後、稲垣監督は同じ映画を撮り直し、五八年に上映された。主演は三船敏郎と高峰秀子。第十九回ベニス国際映画祭でグランプリを受賞し、世界に「無法松」の名をとどろかせた。

 「松五郎」を追い越し、「無法松」はますます独り歩きした。映画化は計四回。「モデルは誰なのか」。人々の「無法松捜し」が熱を帯びる。岩下の三男、八田昻(たかし)さん(66)=同市小倉南区=は「松五郎は虚構の人物」と強調するが、福岡県篠栗町の山王寺に「松五郎愛用の人力車」が奉納されていることなどからも、当時の熱狂ぶりが分かる。 本文:2,406文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:6/21(金) 12:06
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