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今もなお米軍基地のフェンスで閉ざされている沖縄の「聖地」とは?―山内 健治『基地と聖地の沖縄史: フェンスの内で祈る人びと』工藤 信人による書評

6/21(金) 6:00配信

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◆基地に左右される祈りの場

周知のように日本の面積のうち沖縄は0・6%に過ぎない。その沖縄に日本にある米軍基地の70%が集中している。今この時点でも辺野古の海の埋め立て反対や基地撤去の運動が続いている。沖縄は日本のみならず米国の政治・安全保障と深くコミットしており、おそらく多くの日本人はそうした見方をしているだろう。

その沖縄には自然の豊かさだけではなく、多様な信仰がある(言語の多様さも)。先の大戦では艦砲射撃や地上戦があった。住民も犠牲になった。日本敗戦後は米軍の占領下に置かれ、一方的に土地を接収された。そこには住民たちが崇拝する神々や聖なる場所があったが、それらはどうなったのか。米軍基地内にはいまなお住民が通い続ける聖地がある。タイトルが示すように、基地にある聖地とその周辺をフィールドとして、伝統的な信仰の継承や復活、変容などを叙述していく。

読谷村楚辺地区にトリイステーションという米軍基地がある。トリイは鳥居が名前の由来で、基地ゲートにその鳥居が建っている。写真をみると不思議な気分にさせられる。鳥居の内側は完全に米軍基地だが、この中でも宗教的行事が行われている。ただし、出入りにはパス(許可証)が必要だ。かつての住民には交付され、黙認耕作地や聖地に入ることができる。

この読谷村楚辺地区を論述するのが第1章「強制移転村の聖地」。強制移転のため、離れた場所(例えば公民館)に信仰対象が移されたケースもあるが、基地内ではそのまま火の神や水の神、土地の神などが石碑として残されたりしている。基地内には門中墓もあるが、著者は祖先観念や経済面から簡単に移転はできないと指摘。そのため「家墓」を基地外に創設する傾向があるとし、「墓制の変化も基地と関係せざるを得ないのが、基地周辺村落の墓制問題である」と結論づける。

伝統宗派で言えば、沖縄には臨済宗が多いことが知られる。戦後に布教したのではなく、400年ほど前、沖縄出身の北谷長老(法号南陽紹弘法禅師)によってもたらされたのだという。北谷長老を祀る長老山はキャンプ瑞慶覧の中だ。この場所も聖地である。

米軍施設は沖縄本島の15%を占める。この15%の中に住民たちの生活に根ざした聖地がある。フェンスの向こう側に武器や弾薬ではない、祈りの場があることを認識したい。

[書き手]工藤 信人(仏教タイムス編集長)

[書籍情報]『基地と聖地の沖縄史: フェンスの内で祈る人びと』
著者:山内 健治 / 出版社:吉川弘文館 / 発売日:2019年02月28日 / ISBN:4642083456

仏教タイムス 2019年4月4日掲載

吉川弘文館

最終更新:6/21(金) 6:00
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