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「戦死した兄が島に帰りたいと言うんです」 沖縄戦の遺族ら遺骨捜し74年 骨つぼに代わりの土 DNA鑑定の集団申請へ

6/23(日) 8:15配信

沖縄タイムス

 「兄さんが私の懐に抱かれて島に帰りたいと言うんです」-。沖縄県内で見つかった身元の分からない沖縄戦戦没者の遺骨の中に、遺族が捜す遺骨があるかを調べるDNA鑑定の集団申請説明会が22日、那覇市内であった。うるま市からバスを乗り継いで訪れた知念良子さん(86)は、涙をこぼしながら鑑定の申請用紙に必要事項を書き込んだ。戦後74年、捜し求めるのは兄の大城眞忠さんの遺骨だ。

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 千人針を縫い、ヤギをつぶして、故郷久米島から眞忠さんを戦場に送り出した。同じ石部隊で生き残った人によると、浦添城址の壕の前で見張りをしていた時に弾に当たり、市当山の自然壕に運ばれたが1945年4月13日に亡くなった。

 戦後訪ねると既に遺骨はなく、調べると国立沖縄戦没者墓苑(糸満市)に運ばれたと分かった。県庁に墓苑から遺骨を取り出してほしいと訴えたがかなわなかった。「亡くなった日も場所も分かるのに」。生前は身長180センチほどあった大柄な兄だが、命を落とした壕の土が納められた骨つぼは家族の誰よりも小さい。

 銃弾に当たって犠牲となった母の遺骨を捜す70代女性は「死亡場所がはっきり分からなくても申請できる」と知り、安心した表情を見せた。1歳だった女性をおぶって宜野湾市周辺を逃げるさなかに即死し、祖父母がおんぶひもを外して女性を助けて逃げた。

 再び現場に戻ると遺体はなく、戦後にユタが「この辺り」と言う場所の石を集めた。女性にきょうだいはおらず「私が生きて鑑定できるうちに母の遺骨を見つけてあげたい」と語った。

「ガマフヤー」が遺族の申請呼び掛け

 鑑定対象となる遺骨は本年度から大幅に増える。説明会を主催した沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表は「申請する遺族が増えれば見つかる確率も高くなる。どこで亡くなったか分からなくても申請できるため供養と思って参加してほしい」と呼び掛けた。軍人・軍属か住民かにかかわらず、無料で鑑定ができる。集まった申請は8月14日に具志堅代表が厚生労働省に届ける予定だ。

 22日は、沖縄戦で犠牲になった親族8人のうち、父を含め6人の遺骨を捜す玉木利枝子さん(85)=那覇市=ら、申請を望む県内外の遺族約50人が足を運んだ。

 身元不明の遺骨で遺族のDNA鑑定はこれまで約700件の申請が出ているが、特定された例はまだない。一方で厚労省は遺族の高齢化に配慮し、本年度から鑑定対象の遺骨を現行84柱に加えて、県保管の約700柱と、各地の慰霊塔への納骨分も含めて大幅に拡大する。

 平和祈念公園できょうも説明会

 ガマフヤーは23日午前7時半から終日、平和祈念公園駐車場で集団申請の受け付け・相談会を開く。雨天でも実施する。7月28日も午後2時から県立博物館・美術館で開く。ファクスや郵送の申請書送付も対応。問い合わせはガマフヤー、電話090(3796)3132。

最終更新:6/23(日) 9:05
沖縄タイムス

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