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「ファンモン時代と変わってない」揶揄する声もあった ファンキー加藤が振り返るソロとして歩んだ道

6/24(月) 20:00配信

エキサイトミュージック

ソロデビュー5周年を迎えたファンキー加藤がこの度、主催フェスティバル『OUR MIC FES』(読み:アワーマイクフェス)を8月31日に新木場STUDIO COASTにて開催する。エキサイトではそんなファンキー加藤に、OUR MIC FES開催記念としてインタビューを実施。前後編に分けてお伝えする。

2013年に解散したFUNKY MONKEY BABYS(以下、ファンモン)時より、その込めた想いと熱量そのままに、心を鼓舞し、背中を押し、一緒に進んでいくべく歌の数々を彼は贈り続けている。先日放送された稲垣吾郎&草なぎ剛&香取慎吾出演のレギュラー番組『7.2新しい別の窓』での番組での歌唱や『しゃべくり007』といったバラエティ番組にも出演し、歌手活動に留まらず、その想いを届け続けている。

とはいえ、その活動は思うように進まない時期もあった。今回のインタビューでは彼にソロ活動となった5年間を振り返ってもらい、バイタリティやモチベーションの源、そして今の想いを語ってもらった。

「ファンモン時代と何も変わっていない」揶揄する声も

――今年はデビュー5周年ですが、ソロを開始された当初の「5年後」は、一体どのようなビジョンだったのでしょうか?

ファンキー加藤:ファンモン解散直後から「ソロとして音楽は続けたい!」とは考えていました。だけどそれだけで。正直、当時は2年後、3年後ですら想像つかなかったですね。不安も含め。

――意外です。てっきり「俺は一人でもガンガンにやっていける!」、そんな自信を元にしたソロへの踏み出しとばかり思ってました。

ファンキー加藤:正直そこまではなかったです。やはりファンモンが当時、あれだけ大勢の方々に愛されていた、そのはっきりとした理由の幾つかは自分でも分かっていたし。そこから一人になることでの不安はありました。自分の中でも当時はやはり、「1/3感」が強くありましたから。逆に、「今までの3倍以上頑張らないと」という戒めにもなったし。振り返ると、自信はなかったけど、自分の中での決意みたいなものだけで走り出した感はあります。

――でも私からすると、加藤さんはファンモンらしさの面を引き継いでいく、そんな役割の自覚を持った再出発のように映りました。

ファンキー加藤:当初はそのような思いもありました。だけど、それは単純にファンモンでやっていた音楽は自分が大好きな音楽だったし、自分のやりたかった音楽だったからというのもあります。逆にそれを無理やり変えてやる必要はないかなとさえ思っていて。とは言え、当時は「ファンモンと何も変わってないじゃないか!」と揶揄されることもありましたよ。だけど、それはその通りだと。「俺は別にファンモンのスタイルが嫌になって辞めたわけではなかったし。仲たがいして解散したり、別れたわけじゃないんだから」と自分に言い聞かせて。自分の中で一本芯は通っていたんで、そういった方々からの声はあまり気にしませんでした。

――その揶揄はやはりアンチからだったんですか?

ファンキー加藤:アンチもいましたが、ファンモンのファンの方からもありました。やはり好きだし愛してくれていたのでしょう。致し方ないことです。でも一時期はいろいろと悩みましたよ。“やはり全く違ったことをやった方が良かったのかもしれない……”等々。バンドを組んだり、メンバーを入れて違ったスタイルでやろうとか、全く違った音楽性でやろうか、とか。でもやはり一度はソロで、このスタイルで、自分の力だけで勝負してたみたいところもあって。

周りを一切シャットダウン 音楽だけに救いを求めた時期

――振り返ると、この5年は様々なことがありましたね。それらを乗り越える度に精神的にもメンタル的にも、加藤さんが鍛えられていった感があります。

ファンキー加藤:そうなんですかね(苦笑)。それこそ一時期は周りの風景を一切シャットダウンして、音楽だけに救いを求めていた時期もありました。いろいろありましたが、そこで後ろを向くよりかは前を向いて進みたいと常に思っていたので。とにかく前だけを見てきた。それだけは自信を持って言えます。

――個人的には、ソロになって大きく変わった面は、歌が自分に向けて歌われるものに移ってきたことかなと。

ファンキー加藤:曲を作るときは、もちろん自分から見た世界というのもありますが、常にちゃんと聴いてくれる人が想いを乗せてくれる、その余白の部分は大事にしてきました。どこかで俯瞰的に世界観を見て作ってきているというか。そこはあまり自分の中では変わってないかなって。

――自分のことを歌いつつ、聴いている方も自分の気持ちを重ね、自分の歌のように聴いている。そんな印象があります。

ファンキー加藤:その辺りの「聴き手を巻き込みたい」との気持ちはファンモンの時以上にありました。なので、入口や間口はどんどん広げていきたかった。根が寂しがり屋なもので(笑)。なんか人と繋がっていたいとか、一緒に進みたいとか。そんな気持ちはファンモンの時以上に強かったかもしれません。

誰かに求められることはバイタリティやモチベーションに繋がる

――事務所の後輩でアイドルグループの“あゆみくりかまき”への作詞提供なんていかがでしたか? ある種、加藤さんっぽくない新鮮さがありました。

ファンキー加藤:あれに関しては、さまざまな人たちと出会い、色々な接触があった中でここまで来た分、いい意味で視野が広がってたんだな……と改めて気づかせてもらいました。やはり彼女たちに歌詞を提供する以上は、ある程度の彼女たちの気持ちや目線にならなくてはいけないわけで。その辺りの人間観察力みたいなものが自然と身についていたんだなって。かつては身勝手にこっちの世界観に惹き込むスタイルでやっていたものも、あの歌詞に関しては何かが憑依したかのように彼女たちの目線や気持ちで書けましたから。

――自身をずっと歌ってきた加藤さんに、いつの間にか作家的な客観性も養われていた?

ファンキー加藤:そういうことでしょう。

――楽曲提供となると主観や客観、俯瞰(ふかん)ももちろんですが、そこに自身ならではのオリジナリティや自分節も求められるわけじゃないですか。その辺りは?

ファンキー加藤:そうそう。そのバランスが自分の中では今回非常に勉強になったし、すごく面白かったんです。それは初めて歌詞を提供した、ももいろクローバーZの「吼えろ」(※ヤンキース田中将大投手の2018年登場曲)の際にも感じたんですよね。あの時も、ももクロ目線とマー君(田中投手)目線等々、色々と自分をその場に立たせることが出来て。それは面白かったと同時に勉強にもなったし。改めて歌詞の書き方みたいなものに気づけた感触がありました。意外と自分の主観が最も難しいんじゃないかと改めて気づかされたり。

――それは、自分の曲の場合は、やはり他者がこれを聴いて自分をどうイメージづけするか、が気になる?

ファンキー加藤:ですね。背負うものが一番大きいじゃないですか。その分、考えこんじゃったり、迷っちゃったりもして。でも、視点が変わるだけで、そこから感じる匂いや受ける風とか風景とかって変わってくるんです。

――では楽曲提供は、いい意味で気楽にできたところも?

ファンキー加藤:出来ました。肩の力が抜けて書けたというか。意外にもそれが自分の中で手応えがあったりしたのが面白くて。それを今度は自分の力に変えていけたらなと。

――何がその手応えを引き出したんでしょう?

ファンキー加藤:やはり“誰かに求められる”ってところでしょう。自分の場合は、そこでフルパワーを出してやるというバイタリティやモチベーションへと繋がるタイプなので。その辺り、自分は根っからのエンターテイナーなんだなって(笑)。変わってないんですよね。小学校の学芸会とかから少しも。求められると張り切っちゃって、従来の力以上を出したくなっちゃうんです(笑)。

池田スカオ和宏

最終更新:10/17(木) 16:45
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