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高山勝成7・6にも愛知県選考会でアマデビュー 公開練習で好調アピール

6/24(月) 18:17配信

スポーツ報知

 元プロボクシング主要4団体世界ミニマム級(47・6キロ以下)王者で、昨秋にプロ出身者で国内初のアマ選手登録を認められた高山勝成(36)=名古屋産大=が24日、大阪市内で会見し、国体と全日本選手権の予選を兼ねる愛知県選考会(7月6日から名古屋工学院専門学校第3体育館)がアマ初戦となることを発表した。フライ級(アマは49キロ超から52キロ以下)にエントリー済みで、高山の初戦は6日か7日になる見通し。「アマデビューを迎えることができて本当にうれしい。力いっぱい戦う」と充実した表情で語った。

 アマ転向を断固認めなかった日本ボクシング連盟(以下、日本連盟)・山根明前会長との“戦い”を経て、プロ引退から1年半をかけてアマ資格を獲得。東京五輪でのボクシング競技も存続の見通しだ。「ここまで応援して下さった方々に感謝したい」と高山。新体制となった日本連盟(内田貞信会長)は現在、東京五輪の代表権獲得への道筋を発表していないが、高山とプロ時代からコンビを組む中出博啓トレーナーは「全部勝てばいい。(高校野球の)甲子園予選と同じ」と県予選から金メダルまで全勝で突き進む覚悟だ。

 高山は会見後に公開練習。シャドーボクシングやミット打ち、コンタクトバック打ちで軽快に動き、好調ぶりを見せた。プロ時代よりもグラブは大きくなり、ラウンド数は最大12回から3回に減ったが「問題ない。トレーニングを重ね、良い方向に融合できている」とトップアマとのスパーリングなどで自信をつけた様子。プロの世界で結果を出し続けてきた高山が、一挑戦者として、いよいよアマのリングに上がる。

 ◆高山勝成(たかやま・かつなり)1983年5月12日、大阪市生まれ。36歳。中学2年からボクシングを始め2000年10月、プロデビュー。05年4月、WBC世界ミニマム級王座奪取。以後、WBA暫定、IBF、WBO同級王座を獲得し、14年12月に日本人初の主要4団体王座制覇達成。17年4月、プロ引退。18年10月、アマ選手登録。名古屋産大ボクシング部所属。身長158センチ、右ボクサーファイター。独身。

 ◇高山のアマ転向表明からの経緯

 ▽17年4月 33歳で名古屋産大に入学した際、WBO世界ミニマム級王座を返上し、プロを引退して東京五輪を目指すと表明。日本連盟・山根明会長(当時)は「高山のアマ登録は1000%、認めない」と拒否

 ▽同7月 「高山勝成のアマ登録を支える会」が設立され、テコンドーでシドニー五輪銅メダルの岡本依子氏らが参加。署名活動開始

 ▽18年3月 約2万5000人分の署名を、日本オリンピック委員会(JOC)橋本聖子副会長は受理したが、JOC傘下の日本連盟は山根会長が受け取りを拒否

 ▽同4月 日本スポーツ仲裁機構(JSAA)に「スポーツ調停」を申し立て。日本連盟は話し合いに応じず

 ▽同8月6日 JSAAに仲裁判断を委ねる「スポーツ仲裁」を申し立て

 ▽同8月8日 山根会長が辞任

 ▽同10月 日本連盟の新体制が高山のアマ選手登録を認めると発表。プロ経験者のアマ選手転向は国内初

 ◇東京五輪でのボクシング競技存続の経緯 

 ▽18年2月 国際オリンピック委員会(IOC)バッハ会長が、国際ボクシング協会(AIBA)ラヒモフ会長代行(ウズベキスタン)が米財務省から「ヘロイン売買に関わる重要人物」と指摘されたことなどを問題視し、東京五輪でのボクシング除外を示唆

 ▽同11月 ラヒモフ氏がAIBA新会長となる

 ▽同12月 東京でのIOC理事会で、東京五輪でのボクシング競技存続可否が決まらず、先送りされる

 ▽19年3月 ラヒモフ会長が辞任

 ▽同5月 IOCが理事会で五輪ボクシング競技存続の方針を示す

最終更新:6/24(月) 18:17
スポーツ報知

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