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【ラグリパWest】 テレビマン、高校ラグビーを愛す。宮前徳弘 毎日放送スポーツ局エグゼクティブ

6/25(火) 18:41配信

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)

 宮前徳弘56歳。
 名は「なるひろ」と読む。大阪にある毎日放送(MBS)で34年目を迎えた。
 その社歴は高校ラグビーとともにある。
「趣味です」
 笑顔の中の浅黒い肌が現場を、丸く黒い瞳が親近感を感じさせる。

 出張明けの6月14日朝、東京・羽田から青森に飛んだ。目的は東北大会。前週は関東大会にも行った。
 空港からバスとタクシーを使い、会場の新総合運動公園球技場に着く。

 左右の展開がわかるため、好きなインゴール裏に座る。隣には地元の紳士とおぼしき人物。どちらからともなく話しかける。
「その人は持っていたおにぎりをくれました。それに試合が終わったら青森の駅まで送ってくれた。聞けば、家は岩手で逆方向。そんなんがあるのはラグビーだけでしょう」

 一面識もなかった男性から食と車送りの善意を受ける。名刺交換をした。八木浩之。花巻東のゼネラルマネジャーだった。
「今は部員が13人っていうことでした。以前は黒沢尻北にもおられたみたい。岩手の公立の校長までされていたのに、花巻東に移られたようです。生き方が素敵ですよね」

 岩手にあるこの私立校は野球で名を馳せる。2人のメジャーリーガー、二刀流の大谷翔平や左腕・菊池雄星を生んだ。八木のラグビー部は4年前に本格始動している。
 黒沢尻北は、盛岡工、黒沢尻工の2強の間を縫い、5回の花園出場を果たした。

 そんな出会いを宮前は繰り返してきた。
「自分のラグビーはかじった程度」
 そう言って笑う。
 兵庫の県立伊丹から慶應大に進んだ。入局したのは1986年4月。営業に出た2年を除き、スポーツ一筋だ。

 毎日放送は、TBSをキー局にしながら、中断時期があるとはいえ、1960年(昭和35)から高校ラグビーの全国大会を放映し続けている。時にテレビとラジオの両方を使った。
 その長さは人にたとえれば還暦だ。
 現在は、試合日にはハイライト番組を作り、決勝戦は生中継する。ウエッブサイトでは全試合の動画も無料配信している。

 宮前が最初に高校ラグビーに関わったのは67回大会(1987年度)。その後、番組を作るディレクターやその番組を管理するプロデューサーとして多くの試合に携わった。特に思い出に残る花園の決勝がある。

■69回大会 天理 14-4 啓光学園(現 常翔啓光)
「試合当日の午前に担当していた番組で前ものをやりました。天理はドテラなんかをはおってリラックス。啓光は制服を着てカチカチ。勝負あったかな、って思いました」
 6回目優勝となる天理のウイングは現監督の松隈孝照だった。

■72回大会 伏見工(現 京都工学院) 15-10 啓光学園
「雨の中の試合で、スクラムから白い湯気がもうもうと上がりました。あれを撮って、と興奮して指示したことを覚えています」
 前回の改装工事がこの年の10月に竣工。メインスタンドには大鉄傘が復活していた。2回目の頂点となる伏見工のフルバックは薬師寺利弥。現在は滋賀・光泉の監督である。

■76回大会 西陵商(現 西陵) 26-25 啓光学園
「最後、6点差で啓光が攻められた。端にトライさせたら、と思いました。この状況でゴールキックは決まりにくい。西陵はトライをしましたが、逆転のキックはひっかけて、ぎりぎりポールを通過しました」
 この時は営業に異動。スポンサーを案内しながらインゴール裏で見ていた。西陵商は初制覇。啓光学園のセンターは後年、日本代表キャップ33を持つ大西将太郎だった。

 その後は、部長職を経験する。今、社内での肩書はスポーツ局エグゼクティブ(局長待遇)や解説委員。ラグビー以外にも、野球、サッカー、バレーボール、ゴルフなどの造詣も深い。高校野球の運営を決める日本高等学校野球連盟(高野連)の評議員57人のひとりでもある。

 テレビ番組ではスポーツを応援する『戦え!スポーツ内閣』に出演する。毎週水曜の23時56分から始まる1時間番組。基本的に関西ローカルではあるが、ラグビー経験のある漫才コンビ・ブラックマヨネーズの小杉竜一、タレント・武井壮らと共演する。以前は関西の午後を制する情報番組『ちちんぷいぷい』でもスポーツの解説をしていた。

 ここ数年は局内にある高校ラグビー事務局の局長としても奔走する。全国大会を運営する全国高等学校体育連盟(高体連)のラグビー専門部と折衝してその盛り上げを担う。
「もっと発展させていきたいですね。花園を満員にできたらなあ、と考えています」
 ラグビーとミュージシャンの仲介も果たす。大会テーマソングになった『ハナツ』は、スキマスイッチの2人が東海大大阪仰星の夏合宿を見て作った。

 花園の全国大会はこの冬、99回を迎える。
「100回までは保てます。スポンサーなんかも興味を持ってついてくれる。でも、大事なのは100回以降。みなさんに引き続き興味を持ってもらえるように、高体連やいろんなチームと協力してやっていきたいですね」
 宮前はすでに先を見据えている。こういうテレビマンが、メディアにいることは楕円球界にとっての幸せに違いない。

(文:鎮 勝也)

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