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長州力、引退試合で真壁に敗れる…試合後にリング上で英子夫人が感謝のキス「1人だけ勝てない人間がいました」…6・26後楽園全成績

6/26(水) 21:17配信

スポーツ報知

◆長州力引退興行「POWER HALL2019~New Journey Begins」(26日、東京・後楽園ホール)

【写真】決起集会で笑顔満開の長州力

 “革命戦士”長州力(67)が26日、東京・後楽園ホールで行われた「POWER HALL2019~New Journey Begins」で引退した。

 引退試合で長州は、長年の盟友、越中詩郎(60)、最後のまな弟子・石井智宏(43)と組んで、永遠のライバル藤波辰爾(65)、両膝人工関節設置手術から1年3か月ぶりの復帰戦となった武藤敬司(56)、かつて付け人を務めた真壁刀義(46)と対戦した。

 引退興行には、天龍源一郎が実況解説、馳浩らが観戦に訪れた。田中秀和リングアナウンサーの「午後8時26分、その時は来た」の口上で武藤、越中、真壁、石井、藤波、そして「心に刻め、ファイナルパワーホール」とのアナウンスでテーマソング「パワーホール」が鳴り響く中、大きな長州コールに包まれ長州が入場した。

 先発は、長州と藤波。ロックアップから藤波の蹴りを捕まえると、おきて破りの逆ドラゴンスクリューからサソリ固めの態勢に入った。ステップオーバーはならなかったがまさかのドラゴンスクリューに場内はヒートアップした。

 長州は真壁にエルボーを見舞えば、武藤にはストンピング、真壁に石井との合体パイルドライバー、再び真壁へリキラリアットからサソリ固めと必殺技を惜しみなく披露した。さらにリキラリアットを連発も2発目が相打ちとなり長州はダウン。武藤のシャイニングウイザードを浴び、真壁のラリアットからトップロープからのキングコングニードロップ3連発で追い込まれた。

 大きな長州コールが響く中、カウント2で返したが最後はキングコングニーを浴びフォールで敗れた。試合後、リングでマイクを持った長州は「どうも長い間45年間、プロレスファンに応援されながらここまで来ることができました。私にとってプロレスは何だったのかなと振り返りますに、すべてが勝っても負けても私自身はイーブンです。本当にイーブンです。ただ、今からひとつだけお願いがあります。どうしても勝てない人間がいました。それは今日見に来てくれた家内の英子です。彼女をこのリングに上げてください」と呼びかけると英子夫人がリングに上がり2人は抱き合い、英子夫人の左頬に感謝のキスを送った。「もう私はここまでです。もう止まります。今からUターンして家族のもとに帰ります」とメッセージを送った。

 続けて長州は「馳。彼も多分驚いていると思います」とかつてのまな弟子で衆院議員の馳浩氏をリングに呼んだ。「今日はどうもありがとう」と感謝すると馳氏は「長州さんに憧れて専修大に行き、プロレスラーになりました。長州さん、本当にありがとうございました」と頭を下げた。最後に長州は「どうも本当にありがとうございました。これからもこのような雰囲気でリングに上がる若い選手をみなさんの声援でリングに押し上げてください。会場の雰囲気を作るのは選手ではなくて皆さんの熱い声援です。ぜひ今後ともよろしくお願いします。本当に長い間、ありがとうございました」とファンに最後の言葉を贈るとパワーホールが鳴り響くなかリングを去って行った。

 長州は、専大時代にレスリングでミュンヘン五輪出場の経歴を引っ提げ1973年12月に新日本プロレス入団。翌74年8月8日にデビューした。82年10月8日の後楽園大会で藤波辰爾(当時は辰巳)へ反旗を翻し一気にスターダムへのし上がった。以後、ジャパンプロレスを設立し全日本プロレス参戦から新日本へのUターン、復帰後はエースとして現場監督として90年代の黄金時代を築き、98年1月4日には引退試合を行った。しかし、2000年7月30日の大仁田厚との電流爆破デスマッチで現役復帰。その後、新日本離脱からWJ旗揚げから崩壊、そしてフリーと波乱万丈の45年に及ぶレスラー人生だった。

 黒のショートタイツに白のリングシューズ、テーマソングのパワーホールで自らのレスラー像を守り、試合ではハイスパートレスリング、たたき潰すプロレスと評された必殺のリキラリアットとサソリ固めを武器にした一直線のスタイルでファンを魅了し時代を築いた革命戦士。リングから去ってもその記憶は永遠にファンの中に刻み込まれることだろう。

最終更新:6/27(木) 11:52
スポーツ報知

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