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武内由紀子、母となり喜びいっぱい!「一徹ちゃんとずっと一緒にいたい」

6/27(木) 10:20配信

スポーツ報知

 タレント・武内由紀子(46)が今年3月、特別養子縁組により、長男・一徹(いってつ)ちゃんを迎えたと発表した。4年間の不妊治療について「まさか自分が子どもができないとは思っていなかった」と振り返る一方、養子を迎える決断に迷いはなかったという。45歳で母親となった経緯や念願だった初めての子育てについて、本音で語った。(取材、構成・河井 真理)

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 1歳になったばかりの一徹ちゃんは、カメラの前でもまったく物おじしない、りりしい顔をした男の子だ。「イケメンでしょ。撮影が始まったらカメラに近づいたりするんです。将来有望ですよね」。武内は母親そのものの表情で、いたずらっぽく笑った。

 特別養子縁組を決断したのは、自然の流れだったのかもしれない。「旦那さんとは2010年に出会って、半年くらいでプロポーズしてもらいました。付き合っている時から妊活を始めていたんで、すぐにできると思ってたんですよ。『できちゃった婚』にしようと思っていたんですができなくて、入籍してから治療を本格的に始めました」。13年に結婚し、不妊治療を4年間続けた。

 最初の結婚をしていた20代半ばから30代の頃は、仕事が楽しく、子どものことを考える余裕もなかった。だが、再婚して年齢を重ねるうちに、考えが変わる。「今は旦那さんと仲良くて二人でも楽しいけど、年を取った時に子どもがいて、その子どもが結婚してって、家族をつなげたかったんです」。体力的にも精神的にもきつい不妊治療のほか、ハリ治療や漢方、食事制限などさまざまなことを試したが、子は授からなかった。

 パン職人である夫と話し合い、これが最後と決めた治療を終えて病院の会計を待っている時に、手元の携帯電話で特別養子縁組について検索していたという。「妊娠はあきらめがついたけど、やっぱり子育てはしたい。もう直感ですよね」。だが、長期間にわたって妻のつらい姿を見てきた夫は、時間を置かずに次のステップへ進むことに、慎重だったという。特別養子縁組に取り組むことで、新たな苦労があるかもしれないと心配していたのだ。

 「今となっては苦労なんてまったくないです。一番大変なのは、覚悟しないといけない、そこだけなんで」。武内は毅然(きぜん)と言い切る。特別養子縁組は申し込む団体によって取り決めが異なるが、武内が門を叩いた民間団体は、養子となる子どもの性別や病気の有無、実親が育てられなくなった背景などは、選ぶことができなかった。

 「性別とか病気とかは自分の出産の時も同じ。私の場合は妊娠しても高齢出産だったし、病気とかはへっちゃらでした。皆さん事情を持って子どもを手放される。たとえどんな背景のある子どもでも、受け止められるかという覚悟をするだけ。少し葛藤はありましたけど、でもそれも赤ちゃんには罪はないから『どんな子でも来い!』と思ってました」

 昨年6月に生後4日目の一徹ちゃんと出会い、夫と3人で一緒に暮らし始めた。突然始まった子育ての日々。血はつながっていないが、充実感に満ちている。「ホンマに楽しいしかない。今は24時間ほぼずっと一緒で、離れたことがないんです。ずっと一緒にいたい。(旦那さんより?)そりゃもう、完全にそうですよ。そういうもんですかね」。今ではタレントの仕事を月1、2回に抑え、母親の務めにいそしんでいる。

 一徹ちゃんは新生児の頃から夜泣きやぐずることもなく、体も丈夫だ。生後2か月から仕事場にも連れて行ったが、これまで病気は生後6か月でインフルエンザにかかったきり。よく寝てよく食べるという。「友達がよく『育児は大変』って言うけど、何が大変なのかよく分からないから教えてって聞くんですよ。ぜいたくですよね」

 家庭裁判所への特別養子縁組の審判申し立て、確定を経て籍を入れ、今年3月、正式に発表した。「一徹」という名前は夫がつけたという。「一本筋が入った子になってほしいという思いを込めたそうです。旦那さんはフワッとしてすごく優しい人なんですけど、自分とは違う感じで、強い意志を持ってほしいと。今のところ、名前の通り意志はめっちゃ強いですね」

 養親となった武内には、近い将来、子に真実を告知する義務がある。しばらく先のこととは言え、特別養子縁組だからこその苦悩とも、いずれは向き合わなければならない。

 「家庭によって時期は決まってないんですけど、物心がつき始めてから理解できるように言うんです。大人になってから『実は…』みたいなのは、ないようにするんですけど。それを知った時に彼がどう受け止めるかというのも考えないといけなくて、そこらへんが普通の家庭とは違うところかな。なるべく思い悩まないようにしてあげたいけど、本人次第なのでそれがここ何年かの課題ですね」

 子どもの成長は日々実感。「元気で素直で、人に優しくて思いやりのある子であれば、ちょっとくらいやんちゃでもなんでもいい」と優しく一徹ちゃんを見つめた。4年間の不妊治療は報われなかったが、決断に後悔はない。

 「不妊治療ってホンマにつらいし、落ち込むし、先が見えない。私は後悔なんてまったくないけど、特別養子縁組がゴールというわけでもないし、夫婦二人の生活を行くのも選択。いろんな選択肢があることを分かりながら進めば、気持ちも少しは軽くなるんじゃないかな」

 同じ悩みを抱える人たちに思いをはせながら、武内はきょうも、笑顔いっぱいの時を過ごしている。


 ◆武内 由紀子(たけうち・ゆきこ)1973年3月19日、大阪市出身。46歳。93年に「東京パフォーマンスドール」の姉妹グループ「大阪パフォーマンスドール」のリーダーとしてデビュー。95年に今田耕司、東野幸治と「WEST END×YUKI」を結成し、ヒップホップユニット「EAST END×YURI」のヒット曲「DA.YO.NE」のご当地カバー「SO.YA.NA」を発売して人気を博した。グループ解散後は女優、タレントとして活動。血液型O。

最終更新:6/27(木) 10:51
スポーツ報知

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