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「カルピス」に学ぶブランド磨き アサヒ飲料 岸上克彦社長が語る

6/26(水) 7:43配信

食品新聞

ブランドの力を痛感 「カルピスウォーター」大ヒット

 1976年に旧カルピス社へ入社し、東京、新潟、宇都宮と営業畑を歩んできたアサヒ飲料の岸上克彦社長。東京に再び戻り営業活動していたある日、衝撃がはしる。 

 1990年、旧カルピス社が第三者割当増資を実施し、これを味の素社が引き受け筆頭株主になるとの一報が耳に入ったのだ。

 「ある日突然、味の素社の資本を受け入れなければならないほど会社の業績がよくなかったことを初めて知り、当然のことながらショックを受けた。その頃も『カルピス』は好かれていたし、お得意先様にも『カルピス』と言えば話が通じたので、会社の危機感をそんなに強く抱いていなかった」と振り返る。

 社員時代のこのときの経験が、のちに旧カルピスの全株式が味の素社からアサヒグループホールディングスに譲渡されることが明るみになったとき、経営側として社員への対応を迫られる際に活かされることになる。

 旧カルピス社が味の素社の完全子会社になり、自信を無くしかけていた岸上社長に転機が訪れる。91年、営業からマーケティング部門に異動し、前任から引き継いだ「カルピスウォーター」が大ヒットしたのだ。

 「私の人生にとって非常に幸せだったのは『カルピスウォーター』の発売に立ち会えたこと。『カルピスウォーター』は前任者が苦労して開発したもので、私は何もしていないのだが、異動して課長職に就いたことから初代ブランド担当マネージャーなり、そこでブランドの強さを本当に思い知ることになった」と岸上社長は語る。

 「カルピスウォーター」は、フルイヤーではない発売初年度で2千万ケースを突破し、発売2年目の92年には2千450万ケースを記録した。
 「会社が傾きかけているのを知り自信を無くしかけていたときに『カルピスウォーター』が上方修正を繰り返して大ヒットしたことで、自分がこれまであまりにも『カルピス』ブランドを過小評価していたことに気づかされた。91年を境にブランドのことを物凄く真剣に考えるようになった」という。

 アサヒ飲料の現在の指針“ブランドを磨き、ブランドで挑む”には、このときの経験がベースになっている。
 「90年から91年にかけての出来事が、サラリーマン人生というか、飲料・食品業界で生きていく上で、私のブランド観に大きな影響を与えたのは間違いない」と繰り返す。

 だが、現在のブランド観に達するには、もう“ひと山”乗り越えなければならなかった。

 味の素社の資本が入ったことと「カルピスウォーター」の大ヒットで600億円だった旧カルピス社の売上規模は1千億円を突破したが、2000年代に入ると「カルピス」ブランドは再び頭打ちになるのだった。

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最終更新:6/26(水) 8:13
食品新聞

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