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『思考の整理学』著者・95歳“知の巨人”外山滋比古が歩んだ「反常識人生」

6/27(木) 8:00配信

ITmedia ビジネスオンライン

 大学生のバイブルともいわれ、東大生や京大生から根強い支持を集める『思考の整理学』(ちくま文庫)。今から30年以上前に発刊され、以降240万部を記録した大ベストセラーだ。コンピュータが社会で大きな役割を果たす時代の到来を予見し、暗記・記憶中心の学習よりも自ら考えることの大切さを説いた。

【画像】『100年人生 七転び八転び――「知的試行錯誤」のすすめ』

 著者である外山滋比古さんは、95歳の今でも研究を続ける「知の巨人」だ。ペリカンの万年筆で毎日執筆を続けているという。今月上梓した『100年人生 七転び八転び――「知的試行錯誤」のすすめ』の中から3回シリーズで、外山さんの歩んできた道と読者へのメッセージをお届けする。

 前編では「脱線のすすめ」と題した記事をお届けした。中編では、外山さんが歩んできた「反常識人生」がどんなものだったかを紹介する。外山さんは中学を卒業するときに、たまたま入学したのが「英語科」だった。そのころ、英語科へ入ろうとするのはかなりの変わり者で、親切な先輩などからは「就職がないぞ」と止められた。しかし、外山さんは英語を学び続け、役に立たない「中世英語」にまではまってしまう。外山さんの「反常識の仕事観」に迫る。

敵性語を学ぶ変わり者

 入学試験は、人生第一の関門である。かつて、戦前の社会は、出身学校によって差別されていた。

 旧制の大学卒はごくわずか。専門学校が一般向きで、高等商業学校、高等工業学校に人気があった。その下に、中等学校がある。大多数の者は、小学校卒であった。田舎の中学生は、社会の仕組みなどもよく分からないから、いい加減に受験して、一生を誤る者が少なくなかった。

 そういう田舎の中学生だったから、進路にしっかりした考えがない。受験雑誌などのいい加減な記事によって志望を決めていた。かわいそうである。

 私は中学を出るとき、上級学校の入試を3つ受けて2つ失敗し、浪人がいやだから入学したのが、東京高等師範学校の英語科であった。そのころ、英語科へ入ろうというのは変わり者で、目先がきく都会の中学生はそんなものに目もくれない。

 英語が好きだから入ったのではなく、うかうかしていると徴兵に引っ掛かるから、とりあえず入っておこうという連中が多い。

 私が英語科に入ったのは昭和16(1941)年である。すでに戦争に向かって動き出していた。文化人といわれる人が「鬼畜米英」に近いことを叫んでいた。

 われわれが入学した英語科は、32人。うち、現役は3人。あとは全て浪人であった。

 12月8日、太平洋戦争開戦。10日もしないうちに10人くらいが退学。次の入試でほかの学科に移るという。友達が浮き足立っているのを見て、逃げ出した者もいる。

 親切な先輩や知人が「悪いことは言わない、足元の明るいうちに逃げ出したほうがいい」などと言うと、動揺する。

 しかし、私は戦争になってむしろ、さっぱりした。英語でいこうと決めた。

 就職がないぞ、と言う人には、「離れ小島の灯台守はなり手がないという。やる気になれば、することはあるさ……」などと返した。

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最終更新:6/27(木) 8:00
ITmedia ビジネスオンライン

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