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荻上チキさん×ヨシタケシンスケさんが説く、今よりちょっと生きやすくなるための“めがね”の大切さ

6/28(金) 13:37配信

ハフポスト日本版

テレビや新聞、インターネットには毎日、たくさんのニュースや情報があふれ、それらを巡ってさまざまな意見が飛び交っています。

そんな日常の中で、「~すべきだ」「~らしく」という“呪いの言葉”に縛られて、生きづらくなっている人も多いのではないでしょうか?

5月下旬に共著の『みらいめがね それでは息がつまるので』を暮しの手帖社より上梓した、評論家の荻上チキさんと、絵本作家のヨシタケシンスケさんに、そんな呪いの言葉から解放されるための方法を聞きました。

日本社会の空気感を作っているは誰なのか?

LGBT、ディズニープリンセスの変遷、うつ病、ヨルダン、アルバイト、ガラスの天井、ヘイトスピーチ、ユーチューバー…。『みらいめがね それでは息がつまるので』には、今の日本社会の“空気感”を象徴するようなキーワードがたくさん出てくる。こうした、日本の空気感はどのように作られているのだろうか。

評論家として普段からメディアを観察している荻上さんは語る。

「テレビや新聞、ネットなどでは、人々の言葉がこだましあっていきます。そしてその中でも大きく響き合うものが出てくる。その空気は誰もコントロール出来ないまま、責任をとることもないまま一人歩きをしてしまうことがしばしばあります。

それは時に誰かを攻撃する言葉になることもあるけれど、他人に攻撃されないように、たとえば、『すっぴんでごめんなさい』とか『こんなおっさんで、ごめんよ』といったエクスキューズをつけることで、“自分を叩かないで”という空気が生まれることもありますよね。でもそうすることで、これ以上のもの、たとえばエキスキューズがないもの、は叩いていいんだというような、線引きをつくりだすことになる。それがネットの炎上の攻撃性を強化することにつながっています。

そうした流れの中で、政治や社会問題だけではなくさまざまなものにおいて、「~すべき」「~らしく」といった言葉が生まれていく。これを本の中では“呪い”と呼んでいます。メディアを通じて空気感を観察しながら、人に呪いをぶつけると、自分に返ってくるから、『せーの!』で一斉に、やめようよと日々考えています」

一方、本の挿絵を担当したヨシタケさんは、SNSもやらず、テレビもみない。言わば、荻上さんが感じている社会の“空気感”や情報を自分のなかに入れないスタンスを貫いている。

「情報を入れないようにしていると、逆に過敏になっていって、情報が入ってくることが怖いと思うようになる。でも現代の日本では、情報を入れないことがどれだけ大変か。一生懸命目を瞑って、耳を塞いでいないとどんどん余計なものが入ってきてしまう。僕が気をつけていても、妻や周囲の人たちと話しているうちに、触れてしまうことがありますから。

そんななかで、自分を保っていく難しさを感じます。だって、全く知らない、顔も見たこともない、名前を明かすつもりもない人たちの悪口が入ってくるって、不思議なことだと思いませんか? そういう雑音みたいなものにいちいち自分の“気”を動かされたくないと思っているけれど、ではどうすればいいのかという答えは、まだ持ち合わせていません。

でも、僕のように情報に弱い立場の人たちが自分を保つためには、情報や人の悪意を『それってこういうことなんじゃない?』『こういうふうに考えればいいんじゃない』と違った見方に置き換えられるような選択肢を増やしていくことが大事なのではないかと思っています」

それに対し、荻上さんは、ヨシタケさんのように自ら積極的に情報に触れない人がいることにも意味があると話す。

「あえて、そういったものに接しないという人がいることで“多様性”が確保される。ネット上などで特定の価値観だけが浸透することが防がれているということだから。僕も、最近ではあまりSNSなどに投稿しないようにしているんです。ただ、さすがに介入が必要だよねと感じたときに、異論を招くために投稿することはあります。違和感を感じたときだけ、『これはおかしいよね』という形で。しかし、何かあったらずっとネット上で違和感を投稿し続けなくてはいけないとなると、疲れてしまうし、自分が壊れてしまうので、自分に余力があるときに限っています。このあと子どもの面倒をみないといけない、なんてときは絶対にしません。SNSなどから距離を置くオフの時間を作らないと、オンの質も上がらないということを普段意識しています」

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最終更新:6/28(金) 13:37
ハフポスト日本版

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