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「天守だけが城じゃない」名古屋城の木造天守復元を目指す河村たかし市長と、石垣保護を訴える研究者たちの戦い

6/28(金) 15:00配信

AbemaTIMES

「木造化を進めて、早く名古屋の宝物を作ってくれというのが名古屋市民の間違いない意志だと」(河村たかし市長)。

 観光の目玉にと、総工費505億円をかけ、鉄筋コンクリート製の天守を木造で復元するという一大計画が進む名古屋城。しかし、「天守の復元よりも先に守るべきものがある」と憤るのが、考古学の専門家たちだ。400年の歴史を持つ文化財の保護が問われる現場の今を取材した。

■「世界にアピールできるものがないといかん」

 徳川家康が全国の大名に命じて築かせ、1615年に完成した名古屋城。1930年には城としては第一号となる国宝に指定されたが、1945年の名古屋大空襲で天守が焼け落ちてしまう。1959年には復興を願う市民の寄付によって費用のほとんどが賄われ、残された石垣の上に鉄筋コンクリート造りの天守が再建された。

 この天守は資料館として長らく親しまれてきたが、市は耐震強度に問題があるとして昨年5月に閉鎖。そして、その1年前に市議会で可決されたのが天守の木造復元に向けた関連予算案だった。

 計画の旗振り役の河村たかし市長は2022年12月の木造復元の完成を公約にし3期目の当選を果たした。「やっぱり名古屋のお城の木造復元というのは絶対不可欠だと思いますよ。本物だから。世界にアピールできるものがないといかん、やっぱり。世界の人に来てちょうよと」。

 実測図など、豊富な資料が残されている名古屋城は、築城当時に近い形での復元が可能だ。しかし400年前から、今もその姿を留めているものがある。それが石垣だ。

■当時最高の築城技術が詰まっている石垣

 「大好きなんです、石垣」「昔の人がこれを組んだところが見たかったですね。」「あちらで刻印がたくさん見られるので、面白いと思って見ていました」。

 普段は入れない場所で行われた名古屋城の石垣見学会では、参加者たちが築城を担当した大名たちの「刻印」が残る石を目の当たりにできる。「どうしても石垣ばかり見ちゃいますね」と感慨深く語るのが、石垣を研究している奈良大学の千田嘉博教授だ。

 長いものでは400年が経っている石垣の表面に見えている大きな石は「築石」と呼ばれ、裏には「背面土」という土が積まれ、土台となっている。この間には拳ほどの大きさの「栗石」という小石が敷き詰められ、背面土に溜まった水をはけさせ、地震の際には背面土と築石の揺れの違いを緩和させる役割を担っている。

 地元・愛知県出身で、子どものころから名古屋城に親しんできたという千田教授は「いつ作ったか、だれが作ったかっていうのがはっきり記録でわかって、しかも本物の石垣が残っているというのは全国的にも非常に珍しい。特別史跡に指定されているのも、なるほど、そうすべきだと思わせる、素晴らしい石垣です」と強調する。

 「天守は残念ながら戦争で焼けてしまって、戦後に鉄筋コンクリートで外観復元をした建物ですから、今のところ文化財の指定は受けていないという状況です。それに対して、下に残る大天守台や小天守台の石垣、それから城内いろんなところに残っている石垣は国の特別史跡ということで、高い価値があると認められています」。

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最終更新:6/28(金) 15:00
AbemaTIMES

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