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大阪桐蔭最強世代の2番になるまでの軌跡 青地斗舞(同志社大)【前編】

7/3(水) 11:42配信

高校野球ドットコム

大阪桐蔭最強世代の一人・青地斗舞(同志社大)の進化した姿!

 最強世代と呼ばれた大阪桐蔭で、2番ライトとして春夏連覇に貢献した青地斗舞。4月からは同志社大に進学し、レギュラー獲得を目指して練習に励んでいる。今回は名門校で過ごした濃密な3年間について語ってもらった。

【写真】インタビューに答える青地斗舞

大阪桐蔭を目指し練習に明け暮れた中学時代

 小学3年生の時に堺北リトルで野球を始めた青地。始めた当初は練習が厳しいと感じて「嫌々行っていた」というが、3年生の終わりごろから試合に出始めるようになり、「このピッチャーから打ちたいとか、もっと上手くなりたいという気持ちが生まれました」と、徐々に向上心が芽生えていった。

 中学では河南リトルシニアでプレーしたが、このチームを選んだ理由は「バッティング練習に力を入れていたから」だという。昨年の甲子園で抜群のバットコントロールを見せた青地だが、その原点は河南リトルシニアでの打撃練習にあったようだ。

 「打ち込みの練習が多かったので、そこでバッティングが良くなったと思います。最初は遠くに飛ばそうと思って荒いスイングをしていたんですけど、試合に出させてもらってからは『確率を上げないといけない』と当時の監督さんに言われました。そこからはバットの軌道やタイミングの取り方を変えたりして工夫して練習することを学びました」

 中学で打撃の基礎を学んだ青地は、4番打者としてチームを牽引するようになっていた。高校を選ぶにあたっては、小学生の頃から大阪桐蔭への入学を熱望していたという。

 「小学4年生の頃から大阪桐蔭に行きたいと思っていました。なかなか声はかからなかったんですけど、3年生の春頃に中川(卓也・早稲田大)や藤原(恭大・ロッテ)のいるチームと試合をした時に、たまたま打って声がかかりました。強いところと対戦する時には西谷(浩一)先生が来るだろうと思っていて、その時は人生を賭けていました」

 結果を残してアピールに成功した青地は念願だった大阪桐蔭の門を叩いた。同期には根尾 昂(中日)や藤原など逸材が揃っていたが、それ以上に驚いたのが先輩のプレーだったという。

 「同級生に自分より上手い選手がいっぱいいて驚いたんですけど、一番驚いたのは先輩のプレーです。ノックの時にランナーをして、先輩の足の速さや肩の強さが中学とは全然レベルが違うと感じました。元々、鼻は高くなかったんですけど、折られて頑張らないといけないと思いました」

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最終更新:7/3(水) 11:42
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