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【尊厳ある介護(77)】 頼らないつもりだった嫁の世話に

7/3(水) 12:10配信

ニュースソクラ

人生はままならない

 「今さら私に老後の面倒を見て欲しいなんて虫が良すぎます」と、佐伯静子さん(仮名81歳)のお嫁さんは強い口調で言われました。

 佐伯さんには長女さん(57歳)と長男さん(54歳)がいて、施設に入所された時の身元保証人はこのお二人でした。

 入所前、佐伯さんは長女さんと同居し家事を担っていましたが、体調を崩してできなくなりました。

 仕事で忙しくている長女さんは、お母さんの食事などの世話まで手が回らず、佐伯さんは施設に入所することになったのです。

 ところが、やっと施設での生活に慣れた頃、長女さんは急逝されました。佐伯さんの落胆ぶりは傍から見ても痛いほどでした。

 もともと、外交的な方ではなかったので、ますます部屋に閉じこもるようになりました。それだけでなく、物忘れも目立つようになりました。

 そこで、もう一人の身元保証人である長男さんに連絡を取ったところ、お嫁さんから「主人は重病で入院しています」と伝えられたのです。

 私たちの施設では入居者に変化があった場合は身元保証人に連絡することになっています。だから、佐伯さんの物忘れについて誰に相談すれば良いのか、困ってしまいました。それで、身元保証人の役割をお嫁さんにお願いしてはどうかと佐伯さんに提案したのです。

 佐伯さんは気が進まない様子でしたが、選択肢はないのでしぶしぶ承諾されました。

 直ぐにお嫁さんをお呼びして状態を伝え、病気の長男さんに代わって、佐伯さんのこれからについて一緒に考えて欲しいとお願いしました。

 すると、一顧だにせず拒否されたのです。

 そして、佐伯さんに結婚を反対された過去について重い口を開いたのでした。

 当時、お嫁さんは妊娠していたので打ち明けると、佐伯さんは「結婚前に赤ちゃんができたことを周りに知られると世間体が悪い」と、結婚だけでなく子どもを産むことにも反対したのです。

 それでも二人は反対を押し切って結婚しましたが、佐伯さんは「長女に老後を見てもらうから」と、関係性を断ったのでした。

 お嫁さんは佐伯さんとなるべく接触しないように暮らしてきましたが、長男さんはお母さんのことが気になるらしく交流は続いていたそうです。

 私はお嫁さんの心の傷の深さを思うと同時に、一方では年老いて頼りにしていた長女を失い、放心しているお義母さんを許して欲しいとも願っていました。

 佐伯さんはできないことが増え、自立して生活することは困難になっていました。ですから、介護保険の申請をするにしてもお嫁さんの協力が必要です。

 再度「お義母さんを助けていただけませんか」とお願いすると、重苦しい沈黙の後なんと了承してくれたのです。

 長い間引きずっていた佐伯さんとの葛藤を吐露したことで、少しはその傷が癒えたからでしようか。それとも、病床にある長男さんのお母さんへの気持ちを汲み取ったのでしょうか。

 佐伯さんは病院受診した結果認知症と診断されました。そこで、今の施設は自立の人が対象なので、次の施設を探すことになりました。

 実は佐伯さんは介護が必要になったら、歩いて数分の場所にある施設に移りたいと希望していました。こちらであれば環境の変化も少なく、何とか年金内で生活することが可能でした。

 そのことをお嫁さんにお話すると、「お義母さんの希望する施設は私の家からは遠くお金や時間がかかりすぎます。私が施設を探します」と、断られました。

 人生は計画通りには行かないものです。

 まだ若くて元気だった時の佐伯さんは、長女さんが自分より早く亡くなるとは想像しなかったことでしょう。まして、お嫁さんのお世話になるなんて。  

 それが分かっていたら、お嫁さんに対する態度は変わっていたのかもしれません。

 私は「人は種を蒔けば、刈り取りをすることになります」という聖書の一節を想い出しました。

 そして、退去の日お嫁さんの後をうつ向いてついて行く佐伯さんの小さな背中が見えなくなるまで見送りました。

 (注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。

最終更新:7/3(水) 12:10
ニュースソクラ

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