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北原白秋「思ひ出」 決別してもなお恋しい故郷【あの名作その時代シリーズ】

7/4(木) 12:10配信 有料

西日本新聞

柳川の町中を流れる掘割をどんこ舟がゆっくりと進む。白秋はこの日常にある光景を詩情豊かに表現した

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年10月29日付のものです。

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 北原白秋の第二詩集で出世作の「思ひ出」は一九一一年、白秋二十六歳のときに東京で書き上げられた。記者もいま二十六歳。不遜かもしれないが同年の男を思い描きながら、その歩んだ道をたどった。

 水郷・福岡県柳川市は、縦横に掘割(ほりわり)がめぐる。柳の枝が水面に垂れるその掘割を、どんこ舟でゆらゆらと進んだ。身をかがめて橋をくぐると、日常とは異なった風景が広がる。心地よい風が追い越していった。

 白秋が生を受け、十九歳まで暮らした街並みは当時とは一変した。が、掘割のゆったりとした水の流れは今も変わるまい。国民的詩人・白秋をはぐくんだ原風景であり、彼に決別を決意させた故郷の景色でもある。

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 「思ひ出」は、その二年前に刊行した初詩集「邪宗門」に続き、白秋の存在を詩壇に知らしめた作品である。巻頭の「わが生ひたち」は故郷への決別宣言。柳川を「水に浮いた柩(ひつぎ)」「静かな廃市」と呼び、「『思ひ出』に依て、故郷と幼年時代の自分とに潔く訣別しやうと思ふ」と書いた。

 白秋は、柳川藩の御用商人で、九州でも有数の海産物問屋の跡取り息子に生まれた。父の代には、主に酒造業を営んでいた。白秋生家前には、現在は避難港となった船だまりがある。当時は、毎日のように帆船が到着し、長崎や平戸、天草などから、ハイカラな言葉や文物が届いた。柳川に居ながらにして、豊かな外国文化に触れることができただろう。 本文:2,466文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:7/4(木) 12:10
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