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対韓輸出規制は、なぜ愚策なのか

7/6(土) 9:00配信

毎日新聞

 日本政府が、半導体製造に使われる化学製品の韓国向け輸出手続きを厳格化すると発表しました。徴用工問題で具体的な対応を取らない韓国政府に対する事実上の対抗措置です。菅義偉官房長官は「対抗措置ではない」と強弁していますが、真に受ける人などいません。

 知日派の韓国人大学教授からは「はっきり嫌がらせだと言えばいいのに」という感想を聞きました。それは、今回の措置が「嫌がらせ」レベルにしかならないという嫌みでもあります。日本政府の措置は、長期的にはブーメラン効果で日本企業に痛みを強いる愚策だからです。

 今回の措置には多くの問題点があります。整理してみると▽自由貿易を主張してきた日本の国際的信頼の低下▽国際的な半導体供給への悪影響▽大口顧客である韓国企業への輸出が減る日本企業の被害▽韓国が代替品の調達・開発を進め、結果的に日本企業の国際競争力が損なわれるだろうこと――があります。韓国がすぐにギブアップして、なおかつ安心して日本製品に再び依存するという選択をするなら、大きな悪影響は出ないかもしれません。でも、そんな展開を期待するのは無理でしょう。

 ◇国際供給が滞れば日本が悪役になりかねず

 一つずつ考えてみます。まず、自由貿易との関係です。大阪での主要20カ国・地域(G20)首脳会議で「自由貿易の推進」を訴えた日本の姿勢とは明確に矛盾しています。安倍晋三首相が議長としてまとめたG20首脳宣言には「予見可能で安定した貿易環境」の重要性がうたわれていますが、恣意(しい)的な輸出規制はこれに真っ向から反します。

 さらに本来の争点と無関係な通商措置で政治的目的を達成しようとするのは、尖閣諸島を巡る対立が高まった2010年に中国がレアアースの対日輸出を止めたのと同列です。世界貿易機関(WTO)のルールに抵触しないよう「安全保障」を持ち出すのは、トランプ政権が中国からの鉄鋼輸入や日欧からの自動車輸入の増大を「安全保障上の脅威」だと主張するのと同じ。WTOルールに違反していないと強弁することはできますが、国際社会からどう見られるかは別問題です。

 今回の措置で標的とされたのは、韓国の半導体メーカーであるサムスン電子とSKハイニックスです。サムスンは米インテルと半導体シェアの首位争いを繰り広げる世界最大手の一角で、SKも両社に続く大手です。サムスンとSKが日本の化学製品に依存しているのは事実ですが、両社の製造に支障が出た場合、世界中の関連メーカーの生産に影響が及ぶ恐れが出てきます。特に韓国が世界市場で5割以上のシェアを持つ半導体メモリーの出荷が滞ったら、日本が悪役にされかねません。

 ◇日本企業のライバルを育てる契機に

 日本企業の被害も考えなければならないでしょう。ステラケミファ(大阪市)は、対象となったフッ化水素の年間売上高が約200億円で世界シェア7割。このうち6割を輸出しており、多くが韓国向けです。半導体市場での韓国2社の存在感の大きさを考えれば、韓国への輸出減少は大きな痛手となります。

 日本企業へのマイナスは目先の売り上げにとどまりません。韓国の保守系紙「東亜日報」は2日付社説で「今回の措置は韓国だけでなく日本にも甚大な被害を与えるだろう」と書いています。社説は「輸出規制は長期的には韓国企業の『脱日本』を加速させ、日本には安定的な輸出市場を失う結果をもたらす」と続けます。

 これは、成允模(ソン・ユンモ)産業通商資源相が前日の会議で行った発言を受けた見立てでしょう。韓国メディアによると、成氏は「韓国政府はこの間、業界とともに日本の一方的な措置に備えて輸入先の多角化と国内生産設備の拡充、国産品の開発などを進めてきた。これからも業界と緊密なコミュニケーションを取りながら、韓国企業の被害を最小化するための支援に万全を期す。同時に、韓国の部品、素材、設備産業の競争力を引き上げる契機にしていく」と語っていました。

 中国にレアアース輸出を止められた日本が必死になって対策を取ったのと同じです。文在寅(ムン・ジェイン)政権の支持層には財閥への拒否感が強いものの、こういう事態になったらサムスンを支援しても文句は言いづらい。官民一体となって突き進む時の韓国のスピード感はすごいので、猛烈な勢いで対策を進めてくるはずです。

 しかも、サムスンは昨年の売上高が243兆7700億ウォン(約22兆6000億円)、営業利益58兆8900億ウォン(約5兆4000億円)という超大企業。ちょっとやそっとのことで倒れたりはしません。日本企業から年収数千万円という破格の条件で多くの技術者を引き抜いてきたこともありますから、必要とあれば同じことをするでしょう。

 日本が今から措置を撤回すると言っても、事態は変わりません。「いつまたやるか分からない」という不信感を植えつけた以上、韓国側が対策を進めるのは当然だからです。経済産業省の知人は「日本企業の圧倒的シェアは、世界が日本企業への依存に安心しているからにすぎない。諸外国が日本の措置に不安を覚えれば、日本以外のメーカーが増産することになりかねない」と話していました。

 ◇日本製部品依存を克服した前例も

 日本からの部品供給が止まったことで韓国企業が代替策を探り、日本依存から脱した前例があります。

 日本からの部品輸入の代表的品目の一つだった自動車部品です。11年の東日本大震災で被災した日本国内の工場が止まったため、世界中の自動車生産に支障が生じました。各メーカーはそうした問題が再び起きないように考えます。具体的には、日本の自動車メーカーは品質が向上した韓国製部品を積極的に買うようになり、韓国の自動車メーカーは日本以外からの部品調達を増やしました。

 その結果、10年に10億ドル超に達した自動車部品貿易での韓国の対日赤字は、11年から急速に減り始めました。そして、統計分類コードの種類によって若干のずれはあるのですが、14年ごろには日韓の収支が逆転しました。ずっと日本の黒字だったのが、韓国の黒字に変わったのです(韓成一「日本の対韓国自動車部品貿易の赤字転換と九州自動車産業への影響」『東アジアへの視点』2015年12月号)。いまや韓国製部品の対日輸出の方が、日本製部品の韓国への輸入より多くなったのです。

 徴用工問題の深刻さを認識していない点で、韓国政府には大きな問題があります。日本側の不満を強くぶつける必要はありますし、嫌がらせをしてやりたいという感情も理解できます。ある程度の返り血を浴びるのは仕方ないという考え方もありかもしれません。

 でも、今回の利害得失を考えてみると、日本にメリットはほとんどないように思えます。不思議なのは、なぜこんなに簡単な計算を安倍政権がしなかったのだろうかということです。本当に、どうしてなのでしょうか。【毎日新聞外信部長・澤田克己】

最終更新:7/6(土) 9:00
毎日新聞

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