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方南町駅改良の陰に西新宿&中野坂上あり 東京メトロ丸ノ内線、ダイヤ刷新の背景

7/8(月) 6:08配信

乗りものニュース

西新宿駅・中野坂上駅の利用者が増加

 東京メトロ丸ノ内線の方南町駅(東京都杉並区)でホーム6両化工事が完成し、2019年7月5日(金)から池袋~方南町間で直通運転が始まりました。

【地図】車両基地と方南町駅に至る丸ノ内線の支線

 丸ノ内線の支線(中野坂上~方南町)は中野富士見町に車庫が設置されている関係で、中野新橋駅(同・中野区)と中野富士見町駅(同)のホームは6両編成に対応しており、これまでも入出庫を兼ねた中野富士見町発着列車が設定されていました。

 しかし、終点の方南町駅だけはホームが短く、3両編成の区間列車のみが発着していましたが、今回のホーム延長工事で6両編成の列車が方南町まで乗り入れできるようになりました。ただし支線のダイヤの中心は引き続き3両編成の中野坂上~方南町間区間列車で、平日の列車本数209本のうち、6両編成・本線直通が68本、3両編成・中野坂上行きが141本です。

 方南町が座って通勤できる始発駅になることに注目が集まりがちですが、方南町6両化は路線全体の輸送改善を目的に進められてきた取り組みです。

 2000年代以降、丸ノ内線を悩ませてきたのが新宿以西の扱いでした。西新宿駅(東京都新宿区)が開業した1996(平成8)年、同駅の乗降客数は約2万人、隣の中野坂上駅(同・中野区)は約4万人でしたが、再開発が急速に進んだことで4年後の2000(平成12)年は西新宿駅が約3.6万人、中野坂上駅が約6万人と1.5倍に増加しています。その後も増加は続き、2017年時点で西新宿駅が約8.6万人、中野坂上駅が約7.5万人に達しました。

 丸ノ内線の荻窪方面は長らく、日中から夕方にかけて「荻窪行き、荻窪行き、新宿行き」と、2本おきに新宿で折返しをしていました。しかし、西新宿駅と中野坂上駅の利用者急増で、夕ラッシュ時間帯に駅が混雑して列車遅延を招いたり、新宿折返しの次の荻窪行きに乗客が集中したり、利用実態とダイヤのミスマッチが問題になりました。

方南町駅6両化で諸々の課題を解決

 解決には新宿折返し列車の運転区間を延長して、西新宿駅・中野坂上駅の停車本数を増やす必要がありますが、すべての列車を荻窪行きにすると新中野以西の輸送力が過剰です。支線直通列車を増やそうにも、中野富士見町駅は構造上、本線上か車庫線に引き上げてから折り返す必要があるため限度があります。

 こうした諸々の課題と、老朽化した駅の改修やバリアフリー化を一挙に解決する妙案として2012(平成24)年に発表されたのが、方南町駅の6両化でした。当初は2016年度完成予定でしたが3年延期されたため、並行して現在の設備でできる限りの増発を図ることに。2015年10月のダイヤ改正では日中の新宿行きを2本おきから4本おきに変更。2019年1月のダイヤ改正では夕ラッシュ時間帯の新宿行きを2本おきから3本おきに変更し、いよいよ今回、2019年7月のダイヤ改正で朝ラッシュなど一部時間帯を除き新宿止まりの設定が無くなったのです。

 しかし疑問が残ります。なぜ方南町駅のホームだけ6両編成が入れなかったのでしょうか。そもそも方南町駅を終点とする(一見中途半端な)支線は何のために造られたのでしょうか。まず、東京メトロの前身である帝都高速度交通営団発行の『地下鉄荻窪線建設史』を紐解いて……と話を進めようとすると、丸ノ内線の話に突然出てきた「荻窪線」とはなんだとお叱りを受けてしまうかもしれません。

 戦後初の地下鉄として1954(昭和29)年に開業した丸ノ内線(池袋~御茶ノ水)は、順次延伸を重ね、1959(昭和34)年に新宿駅まで開業します。その後、1961(昭和36)年から1962(昭和37)年にかけて、新宿~荻窪・方南町間が開業するのですが、一体的に運行されているにもかかわらず、開業当時、新宿以西の区間は「荻窪線」と呼ばれていました。池袋~荻窪・方南町間の名称を丸ノ内線に統一するのは1972(昭和47)年のことでした。

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最終更新:7/8(月) 11:09
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