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【バスケット】八村、渡辺に続く隠し玉発掘へ バスケ協会強化責任者を直撃

7/10(水) 11:07配信

東スポWeb

 米プロバスケットボールNBAのドラフトで1巡目指名を受けてウィザーズに入団した八村塁(21)が、注目を集めている。日本代表としても来年の東京五輪での活躍が期待される中で、日本男子は躍進できるのか? 日本バスケットボール協会の強化責任者(技術委員長)の東野智弥氏(48)を直撃。母国アルゼンチンで五輪銅メダルの実績があるフリオ・ラマス氏(55)を男子代表監督に招聘してW杯出場権を獲得し、五輪出場にもつなげた立役者は、東京五輪で「世界を驚かす」意気込みを前後編の2回にわたって語った。

 バスケットボールは世界では全スポーツで最大の約4億5000万人、日本国内でもサッカー(約89万人)に次ぐ第2位の競技人口(約63万人)を持つ。その“メジャー・スポーツ”も国内では男子トップリーグが分裂したことなどを受け、国際バスケットボール連盟(FIBA)から国際資格を停止された(国際大会への出場禁止など)。

 この処分はBリーグに統一されたことなどにより、2015年8月に解除となったものの「開催国枠」がFIBAから与えられるかは不透明だった。東京五輪に「開催国枠」で出るためにはW杯出場などの結果を出して、五輪出場にふさわしい実力があることをアピールする必要があった。そんな中で16年5月に技術委員長に就任した東野氏が、まず実行したのがラマス監督の招聘だった。

 東野氏 日本が最後に五輪に出たのは1976年のモントリオール大会。以降の代表監督を見ると、五輪経験のある方がいなかったんです。やはり「世界を知っている人でスタートさせよう」ということでラマス氏を呼びました。

 その結果として日本男子は今夏のW杯(以前は世界選手権)の出場資格を21年ぶりに自力で獲得。このことがFIBAから評価されて東京五輪にも「開催国枠」で出場できることになった。とはいえ、本番では確実に厳しい戦いが待っている。

 東野氏 五輪に出る12か国で日本の世界ランクは間違いなく、一番下です。歴史を振り返っても、日本はアジア以外の国にはペルー、パナマ、プエルトリコ、パラグアイとセネガルの5か国にしか勝ったことがないんです。この現実を飛び越えていきなり「メダルが目標」なんて言えません。

 だからといって、ただ負けを覚悟した戦いをするわけではない。五輪で躍進できるかのカギを握っているのは、八村、グリズリーズとツーウエー契約を結ぶ渡辺雄太(24)のNBA勢だ。特に八村についてはドラフト(6月20日)前から綿密に動き、ウィザーズに決まるとすぐさま行動した。

 東野氏 八村についてはエージェントが決まっていたので、そちらとはいいコミュニケーションが取れていました。ドラフトは私も現地に行き、翌日にはワシントンへ。ウィザーズの方たちに代表の活動に協力してくれるようお願いの交渉をしましたが、こちらもいいコミュニケーションが取れていると思っています。

 現在開催されているNBAのサマーリーグにも、足を運んで協力を求めた。また、2人
に続く「埋もれていた逸材」の発掘にも早くから乗り出した。

 東野氏「3D」で立体的にやらなければならないバスケットで、やはり我々(日本)の問題は身長です。今までの180センチの動きができる2メートルの選手が欲しい。それを担ってくれるのはやはりハーフの選手です。

 国籍を変更した「帰化選手」はチームに1人しか認められない。そこで東野氏は主に米国の大学でプレーしていて、親や祖父母が日本人で現在も日本国籍を有している選手を探した。その成果として代表候補に名を連ねたのが、シェーファー・アヴィ幸樹(21=アルバルク東京)やテーブス海(20=ノースカロライナ大ウィルミントン校)といった選手たちだ。こうした選手を「発掘」するという概念は東野氏の技術委員長就任以前はなかったが、積極的に受け入れるようになったことで、今では「こんな選手がいる」との情報が集まるようになった。

 東野氏 ハーフの選手は意外といたんです。まだ代表合宿に呼んでいない選手もいます。東京五輪への「隠し玉」も、ないとは言えませんよ。

 今夏のW杯へ向けたアジア予選で日本は開幕4連敗から、渡辺と八村が加入したことで8連勝して出場権を手に入れた。この大逆転は世間を驚かせたが、2人に続く新戦力を加えてさらなるインパクトを与えることを目指す。

 東野氏 チーム内にさらなる競争力をつけて「世界を驚かす」戦いをします。そうしたムーブメントを24年、28年と続けていくことで、将来は「メダルを目指す」と本気で言うことができると信じています。

 東野氏のスマホは、画面を立ち上げると「東京2020まで、あと〇日〇時間〇分〇秒」のカウントダウンが表示されるようになっている。

 東野氏 始めたのはあと1500日ぐらいの時でした。これを毎日見て、今日何ができたか、どう進んでいるかを一日一日確認しているんです。

 これが「ゼロ」になった時が、日本のバスケットにとって新たな歴史のスタートとなる。

 ☆ひがしの・ともや 1970年9月9日生まれ。石川県出身。北陸高では全国制覇を経験。その後、早大、アンフィニ東京でプレーし、指導者に転身。ルイス&クラーク大(米国)、日本代表(アシスタントコーチ)などを経て、浜松フェニックスでbjリーグ制覇。2016年5月に日本バスケットボール協会技術委員長に就任。

最終更新:7/10(水) 11:07
東スポWeb

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