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ジャニー喜多川さんが生前に語った言葉「SMAPの中居くんは…」

7/10(水) 10:27配信

BuzzFeed Japan

ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川さんが7月9日、くも膜下出血で死去した。87歳だった。

筆者は朝日新聞で演劇記者をしていた時代に、一度だけ直接インタビューする機会に恵まれた。

取材したのは、2011年9月。「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした」「最も多くのコンサートをプロデュースした」として、ギネス・ワールド・レコーズに認定された時のことだ。

一代にして「ジャニーズ帝国」を築き上げた芸能界の立志伝中の人物だけに緊張したが、帝国劇場の貴賓室に姿を現したジャニーさんは、好々爺然として物腰柔らかだった。【BuzzFeed Japan / 神庭亮介】

「ブロードウェイに負けたくない」

2時間に及んだ取材のうち、多くが割かれたのが演劇を中心とするショービジネスについてだった。

「アメリカのブロードウェイなんかに負けたくない」と繰り返し、舞台へかける思いを饒舌に語った。

ジャニーズの舞台は本物の水を使ったり、俳優が自在に宙を舞ったりとラスベガス風のダイナミックな演出で知られる。

「客席がいかに楽しんでいるかをまず見る。客席半分とステージ半分。ステージより客席の方が大切なわけですよ」

「たとえば『滝沢歌舞伎』だったら、ご年配のお客さんが身を乗り出して見ていたりする。共鳴がなかったら、お客さんはついてきません」

滅多にインタビューを受けず、表舞台に出ることを嫌ったジャニーさん。

テレビ担当や音楽担当ではなく、演劇記者の取材を受けたのは、「舞台人」「演劇人」として正当に評価されることを望んでいたからかもしれない。

美空ひばりの通訳を任され…

父親は真言宗米国別院の僧侶。米ロサンゼルスで育ち、幼いころからミュージカルやショーを浴びるように見てきた。

10代のころ、訪米した服部良一や美空ひばりらの通訳を任された。ブロマイド写真をつくると非常によく売れ、収益はすべてタレント本人に渡した。

子どもながらに、大人たちから信頼されることに喜びを感じたという。そんな体験が、芸能界を目指す原点となった。

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最終更新:7/11(木) 17:50
BuzzFeed Japan

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