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【その壁を超えてゆけ】横浜隼人の3年生、最後の「背番号発表」に涙と感謝

7/11(木) 16:02配信

日刊スポーツ

夜のハマスタに歓声が

佐藤優哉は中学時代、右の強打者としてチームの中心だった。しかし高校では1度も公式戦に縁がない。伝説を耳にした。「引退試合でホームランを打って、大逆転でベンチ入りした先輩がいる」。よし、俺も。夜のハマスタに強い金属音が響く。弾道がレフトポールに迫る。「おおっ!」と歓声が沸いた。
「あぁ…」に変わった。ファウル。距離は十分、あと5メートル右ならば。「日頃の行いが悪かったのかな」と苦笑いするも、四球は選んだ。ベンチに戻ると水谷監督の近くに陣取り、大声を出し続けた。「最後までメンバー入りを諦めたくない」。結局、背番号はもらえなかった。「大学でも部員が多いチームに入って、この悔しさをバネに今度こそ」。前を向く佐藤の隣で、それ以上の大声でいつものように叫ぶ選手がいた。

勝つために必要なのか

7月1日昼、鈴木主将ら3人が水谷監督を訪ねた。「お願いです。あいつをメンバーに入れてください」。文武両道ぶりはチームでも屈指。1年生の面倒も誰よりも見た。非力さの克服にたくさん食べて、たくさん鍛えてきた。とにかく元気があって声が出るし、運もある。「頑張ったからメンバーに入れる…それは違うぞ。あいつは勝つために必要なのか?」と監督は3人に問う。「絶対に必要です」と声がそろった。
そんな舞台裏も知らず「あいつ」の、青木亮汰の緊張はピークに達した。1番ショートを夢見て入学したが、どうやらレギュラーには届きそうにない。当落線上だ。背番号発表は終盤へ差しかかる。「呼ばれるかどうか、この30秒で人生が変わる」。先に呼ばれた仲間に懸命に拍手を送りながら、その時を迎えた。
「17番、青木亮汰!」
ゾクッとしたと同時に、反射的に「はい!」といつもの大声が出た。監督の右手を両手で握り「ありがとうございます! 頑張ります!」と叫んだ。直談判がなくとも、水谷監督は青木のメンバー入りを決めていた。予想だにしない行動と結束力がうれしかった。

「謝らなくていいから」と涙

グラウンドのすぐ横を、東海道新幹線が走る。その音に負けぬよう、20枚の背番号を渡し終えた水谷監督が声を張る。「日常生活の先に優勝がある」と全員を鼓舞する。1秒たりともそれない視線があった。「残念ながら最初に登録したメンバーから落ちた選手もいる。なぁ、力石?」と、その強い視線を名指しした。
「なぜか、よく考えろ。だからと言って、落ち込む必要はないよ。サポートで一生懸命頑張れ。そして次のステージで頑張れ。今年、ここでこういう思いをしたのは力石だけだ。自分の歴史の中で、この経験は絶対にいつかどこかで生かされるから」。
教え子121人、全員のことを知っている。入学時から見違えるほど大きくなり、背番号4をつけたこともある力石琉音が、父のような中学教師を夢見ることも。「大勢の中で自分1人に向き合ってくださって、将来につながる言葉をいただけた」。恩師の金言を胸に夜、力石は帰宅した。「メンバーに入れなくて、ごめん」。母倫子さんは「謝らなくていいから」と泣いた。父裕司さんは「よく頑張った」とすっかり頼もしくなった息子をたたえた。
水谷監督はメンバー発表後、3年生だけを集めた。「今日帰って、お父さんやお母さんにしっかり、自分の言葉で結果とこれまでの感謝を伝えなさい。お父さんやお母さんのおかげで、君たちは野球を頑張ってこられたんです。今日伝える言葉こそが、君たちが親に渡す背番号です」。

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最終更新:7/11(木) 17:11
日刊スポーツ

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