ここから本文です

ジャニーズ事務所、負の側面を識者語る「メディア・コントロールが芸能ジャーナリズムの発展妨げた」

7/11(木) 13:31配信

ハフポスト日本版

ジャニーズ事務所の創設者で稀代の芸能プロデューサー、ジャニー喜多川氏が7月9日、亡くなった。

1962年にジャニーズ事務所を創業し、少年隊やSMAP、TOKIO、KinKi KidsやV6、嵐など多くのアイドルグループを輩出したジャニー氏。戦後日本の男性アイドル像を確立させ、芸能界に多大な影響力を持つ「ジャニーズ帝国」を1代で築き上げた。

芸能取材が豊富で、著書にSMAP解散騒動をめぐる問題を綴った「SMAPはなぜ解散したのか」などがあるライターの松谷創一郎氏の解説とともに、ジャニー氏の功績と生涯を振り返る。

戦後日本の「男性アイドル文化」を築いたジャニー氏

「ジャニー喜多川さんは日本の男性アイドル文化を確立させた」。ジャニー氏の功績について、松谷氏はそう評価する。

ジャニー氏は1931年、アメリカ・ロサンゼルスで生まれた。97年に週刊誌『AERA』に掲載されたインタビュー記事によると、高校時代は照明やアカペラ、舞台装置などショービジネスに関わるクラブ活動に従事。ハリウッドに通いつめ、本場のミュージカルや映画に親しんだという。

来日後の1962年、ジャニーズ事務所を創業。60~80年代にかけてフォーリーブスや郷ひろみ、たのきんトリオ、シブがき隊、少年隊などの「歌って踊れる男性アイドル」を発掘、プロデュースを手がけた。

「ジャニーズ事務所自体は1962年にスタートをして、68年にGS(グループ・サウンズ)的なフォーリーブスを生み、70年代に入って目立つようになってきました。70年代に活躍したのは、フォーリーブスや郷ひろみさんなどですが、現在に続く基盤をしっかりと確立したのは80年代。具体的には、たのきんトリオ、シブがき隊、少年隊、光GENJIです」

「たのきんトリオはグループというよりもユニット名でしたが、シブがき隊以降は『グループアイドル』です。普段から育成し、バックダンサーとして踊らせるなどして経験を積ませ、個々の力量を見抜いたうえで程よい間隔を空けてグループとしてデビューさせる。この循環が確立したわけです」

松谷氏によると、その育成法やプロデュース法には、100年以上の歴史を持つ宝塚歌劇団や、ジャクソン5を成功させたアメリカのモータウン・レコードの影響が見られるという。

「ジャニー氏はそういった二つを参考にしながら、日本的な芸能プロダクションがグループアイドルを育成するシステムを作り上げました。しかも、それを男性アイドルのみに限って続けたのも独特です。そこにのみ注力することで、80年代から長らく男性アイドルの独占と言ってもいいほどの状況が続いています」

「グループアイドルは世界中にいますが、それを安定的にプロデュースしていくシステムを作り上げた。日本の芸能界に与えた影響は絶大です。日本だけにとどまらず、80年代の韓国芸能界に与えた影響もあります。K-POPは今や日本よりもグローバルに活躍するグループを多く育てていますが、この源流にはやはりジャニーズがあります」

1/2ページ

最終更新:7/11(木) 15:29
ハフポスト日本版

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事