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【独占告白】吉田亜沙美が振り返るバスケ人生①『初めて明かす背番号“12”の理由』

7/11(木) 16:26配信

バスケットボールキング

惜しまれながら昨シーズン限りで現役生活にピリオドを打った吉田亜沙美。改めて言うまでもなくJX-ENEOS11連覇の立役者であり、女子日本代表を世界のトップレベルに押し上げた功労者だ。今回、彼女のバスケ人生を振り返るロングインタビューに成功。全3回でそれをお伝えしていく。

第1回はバスケ人生に絶対欠かせない存在、姉の沙織(現在は上吹越沙織)さんとのエピソードを交えて振り返っていく。ここでは自身が初めて明かす背番号12の理由も含まれる。その貴重なインタビューを早速お届けしよう。

取材・文=田島早苗

3つ上の姉のマネをしていた幼少期

「亜沙美が生まれた時、私は3歳だったので、あまり記憶はないのですが、何かと妹の面倒を見たがっていたみたいです。でも小学校に入ったらほぼ毎日ケンカ。テレビのリモコン争いとかよくある姉妹のケンカですけどね(笑)。何をするにも競争みたいなところはありました。その延長で私が東京成徳大学高校に入るのと同じタイミングで妹が(付属の)東京成徳大学中学校に入ったこともあり、週に何回か中高で一緒に練習していた時なんかはもうバチバチ。先生からは『家に帰ってからケンカして』と言われていました(笑)」

 こう懐古するのは、吉田亜沙美の姉である沙織。

 今年3月に引退を表明した吉田の実績は改めて語るまでもないだろう。東京成徳大学高校を卒業しJX-ENEOSサンフラワーズに入団。以降、13シーズンでWリーグの優勝12回。皇后杯では10回を数え、個人タイトルは数えきれないほど獲得した(※下記参照)。

 日本代表では、高校3年生の17歳で公式戦デビュー(東アジア競技大会・2005年)。以降、膝のじん帯断裂で戦列を離れた2014年以外は、2017年のFIBA女子アジアカップまで、日の丸を背負い続けた。2009年の女子アジア選手権(現女子アジアカップ)でガードながら大会のリバウンド王、翌年の2010年の女子世界選手権(現女子ワールドカップ)ではアシスト王にも輝いている。

 生まれも育ちも東京の吉田は両親がともにバスケット経験者。子供の頃は良く、父のクラブチームの試合や練習などについていったという。余談だが、当時を知る人によると、試合会場などではよく、姉の沙織と手をつなぎ、妹の亜沙美を肩車しながら父・康行さんは歩いていたそうだ。

 その両親の下で姉がミニバスケットを始めると、「私のマネをするのが大好きだった」(沙織)という妹も当然のようにバスケットを始める。そして妹は、姉の背中を追いかけた。

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最終更新:7/12(金) 11:26
バスケットボールキング

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