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馬運車に乗るまで立ち続けたシャケトラの偉大な最期

7/12(金) 21:33配信

東スポWeb

【栗東トレセン発秘話】今週はトレセンを一時的に脱出。北海道のノーザンホースパークでセレクトセールの取材をしていたのだが、毎年のことながら“場違い感”は否めず、水曜午後には逃げるように栗東へと戻ってきた。

 やはり“ホーム”は落ち着く――と言いたいところだが、今開催の中京で重賞競走のない唯一のオープンウイーク。記者の数も心なしか少ない気がする。

 ネタらしいネタのない週だから? もちろん、それが理由ではない。当時は書きたいけれど、書く気持ちにはなれず…。それは当事者となってしまった辻野助手の「こういうことは時間薬だと思うんですが、あの地点に行くとやはり思い出してしまう」という言葉や、担当馬の突然のアクシデントに「手を抜くことなく、一生懸命に仕事はやっているんだけど、どこか気持ちが入らないというか、ぽっかりと穴があいてしまった感じ」とうなだれた上村助手を見ていたからかもしれない。

 あれから約3か月――。あの馬の思い出をここで振り返らせてもらいたい。4月17日、午前6時。天皇賞・春の1週前追いを開始したシャケトラを襲ったアクシデントと当時の彼の振る舞いについてを。

 あの日の栗東ウッドは通常よりも良好と思えるコンディションだった。まだ馬場の荒れていない開門直後を狙ったタイミング。前に何頭かの馬が走っていたことで、いつもより内めのコース取りになったが、それは蹄跡のない場所を選んでのこと。手前を替えるデリケートな瞬間でもない。状態に問題があったわけでも、脚元に予兆があったわけでもないのだ。なのに起きてしまった事故。避けようのないアクシデントなのだが、それでもシャケトラに騎乗した辻野助手はこう振り返る。

「あの瞬間に転んでくれていたら、もう少し軽い症状で済んだのかも。そんなことも思うんです。でも、シャケさんはそこで踏ん張った。踏ん張っちゃったんですよね」

 転んでも転ばなくても症状は変わらなかったと個人的には思う。それほどの激しいアクシデントで、辻野助手の耳にはそのときの“音”まで聞こえたそうだ。だが、そんな状況でもシャケトラが頑張ってくれたからこそ「無傷でいられた自分がいる」と振り返った辻野助手は、シャケトラのことを「人間味の強い馬…と言ったら変なんでしょうけど、それこそ人間の子供と同じで簡単にへこたれるし、やけに偉そうにもする。そのときの機嫌が態度にはっきりと出る馬だったんですよね」と話してくれた。

 アクシデントが起きたときは重賞を連勝したことで、�やけに偉そうにしていた�自信満々のシャケトラ。下馬した辻野助手と駆けつけた上村助手に寄り添われながら、馬運車に乗り込む瞬間まで倒れ込むことなく、自分の脚で立ち続けた姿は当時の充実した精神状態を示していた――。だが、その状態に戻ったことこそが珍しいことだ。

「何がきっかけだったのか。正確にはわからないんですけど、GIで連敗中だった一昨年秋のシャケさんは、いつも“楽しくない”“走りたくない”と周囲にアピールしていて。状態は悪くないのに、まるで走ってくれなかった。それが1年以上の休み明けで勝ったアメリカJCCの前は“走りたい”という気持ちを見せるようになっていたんです。常識的には厳しいけど、その一方でもしかして…と思えたのは、気持ちの変化を感じたから。正直、やめることを覚えた馬が気持ちを取り戻すのは難しい。ほとんどの馬はそのまま終わってしまうものなんですが、シャケさんは違いました。走らなくなった理由もわからないけど、走りたくなった理由もわからない。ただ、1年の休養を経てからのシャケさんは走ることを本当に楽しんでいて、最後はガキ大将のように他の馬を引き連れて歩いていたほどでした。重賞を連勝したころは胸を張って威張り散らしてましたよ(苦笑)」(辻野助手)

 彼の最後の瞬間は紙面では事故としてあっさりと“処理”される。だが、あの瞬間のシャケトラは本当にすごかった、頑張ったとたたえたい。シャケトラに対しての思いは世界一の上村助手のコメントを引用すれば、おそらく長い連載ができてしまうほど…なので、今回はあえて割愛。「あんな馬にはなかなか出会えない」のひと言だけを入れておきたい。

 とにかく素晴らしい馬だった。今年のセレクトセールでは彼の半妹(サマーハの18)が2億1000万円という高額で落札され、購入者は兄と同じ金子真人HD。父はディープインパクトに替わっても勝負服は同じだ。彼女が大舞台で活躍すれば、そのたびにシャケトラの名が紙面にも登場するだろうし、そうなることを願ってやまない。

最終更新:7/12(金) 21:34
東スポWeb

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