ここから本文です

岩峅寺に「天狗の骨」 信仰の対象裏付け 

7/12(金) 5:00配信

北日本新聞

■正体はイルカ 

 立山町岩峅寺の民家で、伝説上の生き物「天狗(てんぐ)」のものと伝えられる骨が見つかった。立山曼荼羅(まんだら)や古文書で天狗が立山信仰の対象だったことは分かっていたが、裏付ける史料が確認されたのは初めて。調査した立山博物館によると、骨はイルカの頭蓋骨とみられ、同館は「江戸時代に立山の宗教者が布教の道具として用いていたのではないか」としている。 (文化部・中田真紀)

 民家は、立山信仰の布教を担ってきた宿坊の一つ「中道坊(ちゅうどうぼう)」の子孫宅。立山博物館の加藤基樹学芸員が4月、宿坊の生活道具を調べるために訪れた際、居間の神棚に小さなほこらがあるのに気付き、家主の許可を得てその中から見つけた。

 骨は全長28センチ、幅は最大14センチで、白布に包まれていた。「天狗頭蓋骨」「天狗頭鼻」との箱書きとともに残されていた。

 細長く伸びた口の骨の特徴からイルカとみられる。イルカの目の位置とは異なる場所に、両目を表す丸い穴が開けられるなど加工した形跡もあった。

 立山信仰における天狗は、強欲な人が畜生道に落ちて姿を変えられた「悪の存在」として位置付けられる。

 立山曼荼羅には、「頭(と)巾(きん)」と呼ばれる冠を頭に付けた山伏に似た姿で、天狗山や獅子ケ鼻に描かれることが多い。風貌は曼荼羅によって異なり、鼻の長い顔立ちの絵もあれば、カラス天狗姿で表現されたものもある。畏怖する存在として、あがめられていたとみられる。

 雄山神社峰本社の宝物を記した古文書に「天狗の爪」と記されるなど、天狗伝説があったことは分かっていた。今回見つかった骨は、江戸時代に中道坊の宗教者が信仰を広めるのに用い、明治以降は神として祭られたと推測される。

 イルカの骨を「天狗の頭蓋骨」として祭る例は全国に古くからある。江戸時代の蘭学者、平賀源内が著した書物に、弟子が拾ってきた骨が「天狗髑髏(しゃれこうべ)図」として描かれているほか、文豪の谷崎潤一郎が和歌山・高野山の寺で見たと随筆に記している。

 加藤学芸員と一緒に調査した細木ひとみ学芸員は「立山には不思議な世界があることを示す貴重な史料。どのように布教に使われたのかを研究する足掛かりとなる」と話す。

 13日~9月1日に同館で開かれる「立山ふしぎ大発見!?」(北日本新聞社共催)で公開する。

北日本新聞社

最終更新:7/12(金) 5:00
北日本新聞

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事