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江戸の花火は婚活だった? 意外と知らない花火の歴史

7/13(土) 7:00配信

LEON.JP

花火大会というと、なんだかワクワクそわそわしちゃいますよね? やっぱりそこにはロマンスの香りがあるからなわけで。で、実はそれって今に始まったことじゃなかったんです。意外に知らない花火の歴史を紐解きます。

次の花火が打ち上がるまで45分もかかっていた!?

夏の風物詩、花火。漆黒の夜空をあやしく彩る光の祭典は、恋が芽生える絶好のチャンス! そう思っていたのはなにも平成男だけではありません。全国津々浦々で開催される花火大会に女性をお誘いしたら、さり気なくウンチクや歴史も語って花火をめいっぱい楽しんで頂く。

はい、それが大人の余裕というものでしょう!

……がしかし、問題は花火が始まるまでのあの“間”。多くの場合、花火大会では混雑を避ける意味でも前乗りするのが当たり前。早めに着いちゃったけど、花火開始まであと何分!? そんなやきもきした気持ちをうまく利用したのは江戸の男たちも同じです。

江戸時代、花火は1つ1つを揚げるのにいちいち打ち上げ筒を倒して掃除して、また火薬を詰めなおし……という作業をしてから2発目が揚がる、それが当たり前。

1発目から2発目の花火が揚がるまでの間は45分ほどもあったのだといい、その間に居合わせた男女が仲睦まじくなることもままあったそう。

文久(1860年)の頃に詠まれた歌にも「上がる龍勢 星下り 玉屋がとりもつ 縁かいな」というものがあるそうで、「龍勢(打ち上げ花火)を見るための夕刻に、花火師(玉屋)さんが運よくこの仲を取り持ってくれたなぁ」という、男性の気持ちが込められています。

つまり当時は花火大会が男女の出会いのきっかけであって、婚活目的で訪れる人も少なくなかったと思われます。

とはいえ、45分間も間をもたせ、彼女の気持ちをつかむには気の利いた会話のひとつもできなければ。前置きが長くなりましたが、そんな時、こんな話題はいかがでしょう。

不老不死の薬をつくろうとしたら「火薬」ができた?

日本では夏場だけでも4500にものぼる花火大会が全国で開催されており、花火といえば日本!というくらい、日本のお家芸のようになっていますが、日本で花火文化が花開いたのは意外と遅く、江戸時代になってから。

そもそも火薬が日本に入ってきたのが戦国時代の後期、天文12年(1543)のこと。そう、種子島に流れ着いたポルトガル人によってもたらされた火縄銃に込められていたもので、国産の火器を作るために火薬を輸入しはじめたことから、主に武士によって利用されてきました。

火薬自体は秦の始皇帝の時代、紀元前200年ごろに不老不死の薬を作る錬丹術のなかで偶然に硝石が発見されたことによって、中国では作られるようになっていたのに、日本に伝わったのが遅いのが不思議。まぁ、火薬は武器としても使用できるものだったので、お隣の国にそんなものを気軽に渡すわけない、といえばそうかもしれません。

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最終更新:7/13(土) 7:00
LEON.JP

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