ここから本文です

「なつぞら」 北の酪農ヒストリー 第14回 米国帰りの佐藤貢 乳脂肪取引を発案

7/13(土) 7:04配信

日本農業新聞

 「なつぞら」20話で天陽(吉沢亮)の山田家が乳牛を導入しますが、乳業メーカーの検査で牛乳の乳脂肪率が低く、乳価が安く格付けされる場面がありました。

 農協に勤める柴田剛男(藤木直人)は、小さな弱い酪農家が不利を被らないよう、酪農家を守る組織が必要だと訴えます。

 当時の乳価は乳脂肪率によって決定されました。その始まりは1925(大正14)年、北海道製酪販売組合工場長・佐藤貢の発案にあります。それ以前、乳業会社の牛乳買い入れは1升(1・8リットル)いくらの「升目買い」でしたが、乳脂肪率や乳質等級で買う「脂肪買い」を導入しました。画期的なことで他の会社も追従しました。

 その時、米国帰りの佐藤は弱冠27歳。50ポンド用手回しバターチャーンを1人で回し、バター作りを始めました。本格的な工場建設のため、「今は金がないが、できたら必ず送る。私を信用して500ポンド電動バターチャーン、冷凍機、脂肪検定器など一式を送ってくれ」と、米国留学時代の知人で機械商ランドルフ・アンソニーに手紙を書きました。すると返事の手紙と同じ頃に一式が届いたという逸話があります。

 牛乳の脂肪検定法にはバブコック法とゲルベル法が長く用いられています。バブコック法は1890年、米国ウィスコンシン大学のバブコック教授によって迅速単純な方法として開発され、その2年後には米国で乳脂肪に基づく牛乳取引が始まりました。

 バブコックに遅れること2年、スイスの化学者ゲルベルがゲルベル法を発表しました。バブコックはノーベル賞候補になり、米国と日本、特に北海道で高く評価されましたが、対抗心からか欧州からは相手にされなかったようです。

 酪農の父・宇都宮仙太郎はバブコック法が開発される時期に直接教授に師事する幸運に恵まれ、その技術を世界に先駆け持ち帰りました。長沼町の宇都宮牧場の玄関にはわが国で最も古いバブコックの脂肪検定器が飾られています。これまでバブコック法のわが国への導入開始時期は明らかでないとされていますが、本コラムが参考になれば幸いです。(酪農学園大学名誉教授・安宅一夫)

最終更新:7/13(土) 7:04
日本農業新聞

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事