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市場を切り開く「自信のない確信」があった 3000個のラジカセを収集した男

7/14(日) 13:50配信

DANRO

「ゴミを高値で売ってる」と叩かれたことも

ーー家電を修理して売るほかにも、TV局などから依頼されて、家電を集めたり貸したりしているということですが、そういう形態は独立したときから考えていたものですか?

松崎:会社を辞めて最初にやったのは、僕が集めた古い家電とかプロダクトを売るお店です。リサイクルのセレクトショップみたいな。家の近所でたまたま空いていた場所を借りただけだったので、誰も来ませんでした。

僕が始めた2003年ごろは、そういう世界観というか、ラジカセとか古いものの価値観っていうのがなかった時代。粗大ゴミの日にたくさん捨てられていたんです。そのときにラジカセを整備して数万円で売った。売れないですよ。ネットで叩かれました。「粗大ゴミを高値で売ってるヤツがいる」って(笑) ゴミじゃないよ! って。でも、関心を持ってくれる人がいるってことはもしかすると……とも考えました。

ーー「家電」と言いつつ、ほとんどがオーディオ機器なのはなぜですか?

松崎:家電のなかでは、もっとも趣味的要素が強いんです。白物家電、30年前の冷蔵庫とか掃除機を欲しがる人はいなくて。やっぱり一番身近な家電って、パーソナルなものだったんです。特にラジカセとかラジオ。そういうものって、もう1回売りに出されたら欲しがる人って必ずいるよなとは思ってたんです。子供のときに高くて買えなかったから。でも先駆者がいない。自分でマーケットを作る立場だったんで、賭けでしたね。

ーーお金にならないから、誰もやっていないという可能性もあった。

松崎:ほかに誰もいないのは、ニーズがないのか、それともマーケットがないだけなのか。でも、自分みたいな人間がたぶん他にもいるだろうと。自分が食べていくくらいの小さなマーケットなら、作れるんじゃないかなって思ったんです。「自信のない確信」みたいなものがありました。

ーー実際には、どんな風に知られるようになっていったのですか?

松崎:ショップは2、3年でたたみまして。「もう会社員に戻る気もないし、ちょっと『深掘り』してみようかな」と思って、家電蒐集家になりました。ラジカセが好きだったんで、ラジカセに特化して。たまたま知りあった方が、出版関係が得意で「本を出してみませんか?」と話をいただいて、ラジカセの写真集を出して。そこからメディアに取り上げられて、徐々に広まっていきました。

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最終更新:7/14(日) 18:17
DANRO

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