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個人商店に「トドメを刺した」のは誰か? 衰退する商店街、その歴史を振り返る

7/15(月) 8:00配信

アーバン ライフ メトロ

商店街の成立と隆盛

 過去2回の記事では、商店街の、より正確に言うならば 「生活型」商店街の魅力と、条件に合った選び方などについて言及しました。今回は 「商店街論の基礎講座」 の〆として、商店街の役割や歴史について簡単に触れようと思います。

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 商店街というシステムがもっとも栄えていたのは、高度経済成長期であると言われています。その後1980年代に衰退が明確となり、商店街に取って代わる買い物場所が次々と誕生、今に至ります。

 商店街の起源はさまざまで、門前町であったり、宿場町であったりもしますが、そうした古い街ばかりが商店街となった訳ではありません。

 商店街の成り立ちとして意外と多いのが、軍事工場などで働く人々が工場に通うのに便の良い場所に集まり、商店がそうした人々の需要を期待して集まり、商店街となったというケースです。

 しかしこうして誕生した街は、戦争が終わって工場が閉鎖されるなど、働き口が無くなれば、利便性が激減し、住民が離れて行ってしまいます。

 また、戦後に鉄道駅の広場や神社仏閣の門前など、人の往来のある場所にヤミ市が立ち、それを経て商店街に発展したケースもあります。池袋や秋葉原などはヤミ市から発展した街ですし、アメ横などヤミ市時代の名残りを残し続けています。

 このようにして各地に誕生した商店街は、実は意外と新しい存在であり、当時もっとも利便性の高い「買い物システム」だったのです。

 ところが、商店街が隆盛を極めていた時期に、ある外敵が出現します。それがスーパーマーケットという「外来種の新システム」でした。

商店街の衰退と次々誕生する外敵

 商店街の絶頂期である1950年~70年頃は、イトーヨーカドーやダイエーといった大型スーパーが、駅前の好立地を狙って出店を開始した時期でもあります。

 この動きに対して、当時まだ力の強かった各地の商店会や商工会は脅威を感じ、国とかけあってある法律を制定させます。それが「大規模小売店舗法(通称・大店法。1974年施行)」です。

 この大店法により、スーパーや百貨店は出店の際に審査会による審査(面積、営業時間、休業日数など)を受けねばならなくなり、80年代になると更に「出店抑制地区」が指定されるようになりました。

 これにより商店街を構成するパーツである個人商店が守られる事になった……はずなのですが、実際はこの大店法が商店街の、厳密に言うと個人経営の専門店の衰退を決定付けるものとなりました。

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最終更新:7/15(月) 15:34
アーバン ライフ メトロ

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