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プールの聖地「としまえん」 550年前、巨大スライダーの場所にそびえ立っていた意外なものとは?

7/15(月) 11:30配信

アーバン ライフ メトロ

豊島氏の練馬城があった練馬区の豊島園へ

 夏といえばプール、プールといえば「としまえん」(練馬区向山)……ですよね。漢字で書くと豊島園。

【昔の地図】明治の終わりと現代、「としまえん」周辺のようすを比較する

 そんな豊島園ですが、実は、中世のお城の跡なのです。その名も「練馬城」。城主は豊島氏、つまり、練馬区にある豊島園は、豊島氏の練馬城だったのです。「練馬か豊島かどっちや!」って、突っ込んでよし。

 今、豊島といえば池袋のある豊島区ですが、かつては東京23区のうち半分が「武蔵国豊島郡」でした。

 そして、平安時代末期頃、秩父を領していた秩父平氏(ちちぶへいし)の子孫が荒川沿いに進出して豊島に土着し、「豊島氏」を名乗ったのです。初期の豊島氏の館があったといわれる場所は、今でも「北区豊島」と地名にその名を残しています。

 その豊島氏が室町時代に築いた城のひとつが練馬城で、豊島園は豊島氏にちなんで名づけられたのです。

鷺宮から豊島園へ鎌倉街道を行く

 そんな、練馬城の跡を訪れてみましょう。もちろん、徒歩1分の「豊島園駅」は使いません。

 実は、としまえん前の南北の道は鎌倉街道のひとつだったらしいのです。そんな古道を歩いて、気分を盛り上げて登城しましょう。

 スタート地点はほどよく離れた、西武新宿線の鷺ノ宮駅。鷺ノ宮駅の「鷺ノ宮」は駅の南にある鷺宮八幡神社が語源。駅とは妙正寺川を挟んだ位置にあります。

 鷺は水辺の鳥ですから、たくさんいたのでしょう。1064(康平7)年、源頼義が鎌倉街道に面した土地に勧請したと伝わっています。源頼義は平安時代後期の武将で源義家の父。都内には源頼義、あるいは源義家が勧請したという神社がたくさんあるので信憑性はアレですが、それほど古い神社なのです。

 では鎌倉街道を北上します。バス通りになっていて交通量も多い通りを歩き、「こぶし園入口」の交差点にきたら立ち止まって下さい。交差点の角、南東側に大小2体のお地蔵さまが立っています。このあたりが中野区と練馬区の境界。お地蔵さまは外から悪疫などが入らないよう村の入口に建てられることが多かったのですね。

 このお地蔵さまは「願かけ地蔵」。その願のかけ方がなかなか「鬼」で、まず祈りながら小さな方の地蔵を倒します。すると大きな地蔵は、倒された地蔵を起こして貰うために願い事を聞き届けてくれるので、願いが叶ったら倒した地蔵を起こして上げたそうな。現代の価値観からすれば「お地蔵さまを脅迫するなんて」ですが、まあ300年前の話なので深く突っ込まないことに。

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最終更新:7/15(月) 17:36
アーバン ライフ メトロ

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