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箱根登山鉄道ルート原案か 改修工事中のホテルで発見

7/16(火) 13:30配信

カナロコ by 神奈川新聞

 観光客や鉄道ファンから親しまれている箱根登山鉄道(本社・小田原市城山)の箱根湯本-強羅間ルートの原案とみられる図面が、改修工事中の富士屋ホテル(箱根町宮ノ下)で見つかった。当初のルートや運転方式の見直しを提案した技術者が視察先の欧米から帰国直後に作成した図面とみられ、専門家は「登山鉄道誕生の経緯を知る上で貴重な資料」と話している。

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 箱根登山鉄道の前身である小田原電気鉄道は、1911(明治44)年に箱根湯本-強羅間の敷設免許を取得。当初は機関車の歯車をかみ合わせて運転する「アプト式」を採用する予定だったが、急勾配に耐えられるか不安視する声が強かった。

 このため、同社は翌12年に主任技師長の半田貢を欧米に派遣、登山鉄道の実情を視察・調査させた。半年後に帰国した半田の提案を基に、車輪とレールの摩擦力を応用して急坂を登る「粘着式」を東洋で初めて採用するとともに、3カ所に勾配を緩和するスイッチバック線を整備。難工事の末、ちょうど100年前の19年6月に開通した。

 見つかった図面は、原図を「青焼き」と呼ばれる方式で複写したもの。縦55センチ、横80センチの4枚あり、スイッチバック線を含めた湯本駅付近から強羅駅までのルートや、周辺の家屋などの配置が記されている。

 図面には「改一」「小田原電気鉄道株式会社延長線 湯本強羅間実測線路平面図」などと記され、「主任技術者 半田貢」の署名がある。

 箱根の鉄道史を研究している箱根町立郷土資料館の鈴木康弘館長は「おそらく半田が帰国後に作成した最初の図面だと思う。時期は13年ごろではないか」と推察。「彼の署名が入った図面は箱根登山鉄道にもなく、大正初期の箱根の街並みが分かる点も価値がある」と評価する。

 図面は、改修工事をしている1878年開業の富士屋ホテルの施錠してあった一室から昨年見つかり、ブリキ製の筒に保管されていた。鈴木館長は「富士屋ホテルは創業者の山口仙之助が温泉村(当時)の村長を務めるなど地元の名士だったことから、ルートの見直しなどを説明するための資料として渡されたのではないか」と推測する。

 同ホテルの勝俣伸社長は「図面は郷土資料館に寄贈したい。箱根の開拓史、観光史の研究に活用してほしい」と話している。同資料館は、9月に開催する箱根湯本~強羅間開通100周年記念の企画展で図面を展示する予定。

神奈川新聞社

最終更新:7/16(火) 13:30
カナロコ by 神奈川新聞

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