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選挙カーの音声で寝ていた子どもが起こされる 「音の許容範囲」はどうなっているの?

7/16(火) 11:41配信

THE PAGE

 参議院選挙も後半戦に差し掛かっていますが、ネット上では選挙カーの音声で、保育園の寝た子が起きてしまったという話が拡散しています。候補者の名前を連呼する日本の選挙カーは独特の存在といわれますが、選挙以外にも日本の街中では大音量のスピーカーが多用されており、一部からは、異論の声も上がっているようです。

「日本の街中は騒々しかった」中国人のブログが話題

 日本では選挙カーが大音量で候補者の名前を連呼するのはごく一般的な光景です。このほかにも、お店の宣伝や、役所の公共放送、観光地での音楽、駅構内でのアナウンスなど、スピーカーから大音量で音声が流れてくるのは、当たり前のことと多くの人が思っています。しかし、諸外国の人から見ると、こうした状況は少々奇異に映るようです。

 以前、日本に旅行した中国人のブロガーが、日本の街中はサイレンの音などが騒々しかったとブログに書き、一気に拡散したことがありました。一般的には中国は騒々しいというイメージがありますから、その中国人がうるさいと感じる日本はどれだけ騒音が激しいのかと話題になったわけです。

 確かに、諸外国では、スピーカーから大音量の音声が絶え間なく流れるという光景はあまりみかけません。駅も静かで、時間がくると列車はそのまま発車してしまいます。携帯電話で相手の声が聞こえないほどの大音量が日常的に飛び交っているのは、先進国では日本くらいなものかもしれません。

公共性を色濃く反映する「音の許容範囲」

 哲学者で騒音に関する著書もある中島義道氏(日本の騒音問題について面白おかしく書いた「うるさい日本の私」はベストセラーになった)は、選挙カーをはじめとして、駅のアナウンス、スーパー、右翼の街宣車など、あらゆる音の発生源に対して直接抗議するという過激なパフォーマンスで知られています。

 中島氏の抗議は少々ユーモラスなので、笑い話にされることも多いのですが、同氏は以前から「静かな街を考える会」という市民運動にも参加しており、日本における公共性について真剣に問題提起しています。

 音を出す側には、出す側の事情があり、一概に是非について判断することはできませんが、音というのは、人によって受け止め方が異なり、不快に思う人と思わない人の差が激しいという特徴があります。つまり、どの程度の音なら許容されるのかというのは、その社会の公共性を色濃く反映するテーマであり、多様性を示すバロメーターともいえます。

 近年は保育園が出す音をめぐって論争となったり、家庭用のガス発電システムや給湯システムが出す低周波音について消費者安全調査委員会が指摘を行うなど、「音」が社会問題になるケースが増えてきました。成熟国家として、どのような音のあり方が望ましいのか、もっと積極的な議論が必要でしょう。


(The Capital Tribune Japan)

最終更新:7/16(火) 11:41
THE PAGE

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