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岡松和夫「志賀島」 まぶたに浮かぶ戦争と双葉山と【あの名作その時代シリーズ】

7/17(水) 12:20配信 有料

西日本新聞

志賀島の海辺で戯れる若者たち。海洋訓練でここを訪れたこの作品の二人の少年も、穏やかに打ち寄せる波音を同じように聞いたに違いない

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年12月10日付のものです。

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 「志賀島」は、博多湾の海岸線が今日のように埋め立てられていない時代、戦中、戦後の博多が舞台である。主人公の宏と友人の竹元という二人の少年が、志賀島で訓練を受けるところから物語は始まる。

 宏は勉強が得意だった。竹元は、双葉山のような強い力士に…と、その祖母が願うほど、腕力が自慢の子どもだった。訓練は海軍下士官が指導者となり六年生の男子を引率して志賀島に行く。罵声(ばせい)を浴びせられ、体罰もあり、少年たちは三日間の訓練に苦しむ。そんな中で、宏らの目は、引率した二人の先生に向けられる。彼らは軍人には何も言えず、息を殺して黙認するしかなかったのだった。

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 岡松和夫は、福岡中学校(現・福岡高校)から旧制福岡高等学校(現・九大)に進み、一九五〇(昭和二十五)年、東京大学に入学するまで福岡で暮らしている。父は早く死に、母が派遣看護婦として病院で働きながら岡松を育てた。福岡大空襲で家が焼失し、戦後は職も失うなど、母も神経をすり減らして亡くなっている。

 福岡市博多区対馬小路に住む黒岩富重さん(77)が振り返る。奈良屋国民学校(現在の博多小)で、岡松より二学年上だった人物だ。

 「志賀島、玄界島、能古島…うちの二階から博多湾がぐるりと見渡せました。その家は空襲で焼けて、今の家とは違うとですが…。ジグザグに逃げ回って、最後は現在の那の津大橋付近から海に飛び込んだ。何百人って浮かんどりました」。空襲の記憶は今も鮮明であった。 本文:2,445文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:7/17(水) 12:20
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